、可《よ》いわいの。
 もつともぢや、お主《ぬし》さへ命がけで入つてござつたといふ処《ところ》、私《わし》がやうな起居《たちい》も不自由な老寄《としより》が一人居ては、怪しうないことはなからうわいの、それぢやけど、聞かつしやれ、姨捨山《おばすてやま》というて、年寄《としより》を棄《す》てた名所さへある世の中ぢや、私《わたし》が世を棄《すて》て一人住んで居《お》つたというて、何で怪しう思はしやる。少《わか》い世捨人《よすてびと》な、これ、坊さまも沢山《たんと》あるではないかいの、まだ/\、死んだ者に信女《しんにょ》や、大姉《だいし》居士《こじ》なぞいうて、名をつける習《ならい》でござらうが、何で又、其の旅商人《たびあきうど》に婦人《おんな》が懸想《けそう》したことを、不思議ぢやと謂はつしやる、やあ!」と胸を伸《のば》して、皺《しわ》だらけの大《おおき》な手を、薄いよれ/\の膝の上。はじめて片手を休めたが、それさへ輪を廻す一方のみ、左手《ゆんで》は尚《なお》細長い綿《わた》から糸を吐《は》かせたまゝ、乳《ちち》のあたりに捧げて居た。
「第一まあ、先刻《さっき》から恁《こ》うやつて鉄砲を持つ
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