「もし、お媼《ばあ》さん、彼処《あすこ》までは何《ど》のくらゐあります。」
 と尋ねたのは効々《かいがい》しい猟装束《かりしょうぞく》。顔容《かおかたち》勝《すぐ》れて清らかな少年で、土間《どま》へ草鞋穿《わらじばき》の脚《あし》を投げて、英国政府が王冠章の刻印《ごくいん》打つたる、ポネヒル二連発銃の、銃身は月の如く、銃孔《じゅうこう》は星の如きを、斜《ななめ》に古畳《ふるだたみ》の上に差置《さしお》いたが、恁《こ》う聞く中《うち》に、其の鳥打帽《とりうちぼう》を掻取《かきと》ると、雫《しずく》するほど額髪《ひたいがみ》の黒く軟《やわら》かに濡《ぬ》れたのを、幾度《いくたび》も払ひつゝ、太《いた》く野路《のじ》の雨に悩んだ風情《ふぜい》。
 縁側もない破屋《あばらや》の、横に長いのを二室《ふたま》にした、古び曲《ゆが》んだ柱の根に、齢《よわい》七十路《ななそじ》に余る一人の媼《おうな》、糸を繰《く》つて車をぶう/\、静《しずか》にぶう/\。
「然《そ》うぢやの、もの十七八|町《ちょう》もござらうぞ、さし渡《わた》しにしては沢山《たんと》もござるまいが、人の歩行《ある》く路《みち》は
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