紫《うすむらさき》に変じながら、言はじと誓ふ口を結んで、然《しか》も惚々《ほれぼれ》と、男の顔を見詰《みつむ》るのがちらついたが、今は恁《こ》うと、一度踏みこたへてずり外《はず》した、裳《もすそ》は長く草に煽《あお》つて、あはれ、口許《くちもと》の笑《えみ》も消えんとするに、桂木は最《も》うあるにもあられず、片膝《かたひざ》屹《きっ》と立てて、銃を掻取《かいと》る、袖《そで》を圧《おさ》へて、
「密《そっ》と、密と、密と。」
低声《こごえ》に畳《たた》みかけて媼《おうな》が制した。
譬《たと》ひ此の弾丸山を砕いて粉《こ》にするまでも、四辺《しへん》の光景|単身《みひとつ》で敵《てき》し難《がた》きを知らぬでないから、桂木は呼吸《いき》を引いて、力なく媼の胸に潜《ひそ》んだが。
其時《そのとき》最後の痛苦の絶叫、と見ると、苛《さいな》まるゝ婦人《おんな》の下着、樹の枝に届くまで、すツくりと立つたので、我を忘れて突立《つった》ち上《あが》ると、彼方《かなた》はハタと又|僵《たお》れた、今は皮《かわ》や破れけん、枯草《かれくさ》の白き上へ、垂々《たらたら》と血が流れた。
「此処《ここ》に居る。」と半狂乱、桂木はつゝと出た。
「や、」「や、」と声をかけ合せると、早《は》や、我が身体《からだ》は宙に釣《つ》られて、庭の土に沈むまで、※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》とばかり。
桂木は投落《なげおと》されて横になつたが、死を極《きわ》めて起返《おきかえ》るより先に、これを見たか婦人の念力、袖《そで》の折《おり》目の正しきまで、下着は起きて、何となく、我を見詰《みつ》むる風情《ふぜい》である。
「静まれ、無体《むたい》なことを為《し》申《もう》す勿《な》。」
姿は見えぬが巨人の声にて、
「客人《きゃくじん》何も謂《い》はぬ。
唯《ただ》御身達《おみたち》のやうなものは、活《い》けて置かぬが夥間《なかま》の掟《おきて》だ。」
桂木は舌しゞまりて、
「…………」ものも言はれず。
「斬《き》つ了《ちま》へ! 眷属等《けんぞくども》。」
きらり/\と四振《よふり》の太刀《たち》、二刀《ふたふり》づゝを斜《ななめ》に組んで、彼方《かなた》の顋《あぎと》と、此方《こなた》の胸、カチリと鳴つて、ぴたりと合せた。
桂木は切尖《きっさき》を咽喉《のど》に、剣《
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