躙《ふみにじ》る気勢《けはい》がすると、袖の縺《もつれ》、衣紋《えもん》の乱れ、波に揺《ゆら》るゝかと震ふにつれて、霰《あられ》の如く火花に肖《に》て、から/\と飛ぶは、可傷《いたむべし》、引敷《ひっし》かれ居《い》る棘《とげ》を落ちて、血汐《ちしお》のしぶく荊の実。
桂木は拳《こぶし》を握つて石になつた、媼《おうな》の袖は柔かに渠《かれ》を蔽《おお》うて引添《ひきそ》ひ居る。
「殿、殿。」
と呼んで、
「其では謂《い》はうとても謂はれませぬ、些《ち》と寛《くつろ》げて遣《つか》はさりまし。」
「可《よ》し、さあ、何《ど》うだ、言へ。何、知らぬ、知らぬ※[#疑問符感嘆符、1−8−77] 黙れ。
男を慕《した》ふ女の心はいつも男の居所《いどころ》ぢや哩《わ》、疾《はや》く、口をあけて、さあ、吐《は》かぬか、えゝ、業畜《ごうちく》。」
「あツ、」とまた烈《はげ》しい婦人《おんな》の悲鳴、此の際《とき》には、其の掻《もが》くにつれて、榛《はん》の木の梢《こずえ》の絶えず動いたのさへ留《や》んだので。
桂木は塞《ふさ》がうと思ふ目も、鈴で撃つたやうになつて瞬《またたき》も出来ぬのであつた。
稍《やや》あつて、大跨《おおまた》の足あとは、衝《つ》と逆《ぎゃく》に退《しさ》つたが、すツくと立向《たちむか》つた様子があつて、切つて放したやうに、
「打て!」
「殺して、殺して下さいよ、殺して下さいよ。」
「いづれ殺す、活《い》けては置かぬが、男の居所《いどころ》を謂ふまでは、活《いか》さぬ、殺さぬ。やあ、手ぬるい、打て。笞《しもと》の音が長く続いて在所《ありか》を語る声になるまで。」
「はツ。」
四五人で答へたらしい、荊《いばら》の実は又|頻《しきり》に飛ぶ、記念《かたみ》の衣《きぬ》は左右より、衣紋《えもん》がはら/\と寄つては解《と》け、解《ほぐ》れては結《むす》ぼれ、恰《あたか》も糸の乱るゝやう、翼裂けて天女《てんにょ》の衣《ころも》、紛々《ふんふん》として大空より降《ふ》り来《く》るばかり、其の胸の反《そ》る時や、紅裏《こううら》颯《さっ》と飜《ひるがえ》り、地に襟《えり》のうつむき伏《ふ》す時、縞《しま》はよれ/\に背《せな》を絞つて、上に下に七転八倒《しってんばっとう》。
俤《おもかげ》は近く桂木の目の前に、瞳《ひとみ》を据《す》ゑた目も塞《ふさ》がず、薄
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