如き、唯《ただ》其処《そこ》ばかりを劃《くぎ》つて四五本の樹立《こだち》あり、恁《かか》る広野《ひろの》に停車場《ステエション》の屋根と此の梢《こずえ》の他《ほか》には、草より高く空を遮《さえぎ》るもののない、其の辺《あたり》の混雑さ、多人数《たにんず》の踏《ふみ》しだくと見えて、敷満《しきみ》ちたる枯草《かれくさ》、伏《ふ》し、且《か》つ立ち、窪《くぼ》み、又倒れ、しばらくも休《や》まぬ間々《あいだあいだ》、目まぐるしきばかり、靴、草鞋《わらんじ》の、樺《かば》の踵《かかと》、灰汁《あく》の裏、爪尖《つまさき》を上に動かすさへ見えて、異類|異形《いぎょう》の蝗《いなご》ども、葉末《はずえ》を飛ぶかとあやまたるゝが、一個《ひとつ》も姿は見えなかつたが、やがて、叱《しっ》!叱《しっ》!と相伝《あいつた》ふる。
 しばらくして、
「静まれ。」といふのが聞えると、ひツそりした。
 枯草《かれくさ》も真直《まっすぐ》になつて、風|死《し》し、そよとも靡《なび》かぬ上に、あはれにかゝつたのは彼《か》の胴抜《どうぬき》の下着である。
「其奴《そいつ》縛《くく》せ。」
「縛《しば》れ、縛れ。」と二三度ばかり言《ことば》をかはしたと思ふと、早《は》や引上げられ、袖《そで》を背《そびら》へ、肩が尖《とが》つて、振《ふり》の半《なか》ばを前へ折つて伏せたと思ふと、膝《ひざ》のあたりから下へ曲げて掻《か》い込んだ、後《うしろ》に立つた一本《ひともと》の榛《はん》の樹《き》に、荊《いばら》の実の赤き上に、犇々《ひしひし》と縛《いまし》められたのである。
「さあ、言へ、言へ。」
「殿様の御意《ぎょい》だ、男を何処《どこ》へ秘《かく》した。」
「さあ、言つちまへ。」
 縛《くく》されながら戦《わなな》くばかり。
「そこ退《の》け、踏んでくれう。」と苛《いら》てる音調、草が飛々《とびとび》大跨《おおまた》に寝《ね》つ起《お》きつしたと見ると、縞《しま》の下着は横ざまに寝た。
 艶《えん》なる褄《つま》がばらりと乱れて、たふれて肩を動かしたが、
「あゝれ。」
「業畜《ごうちく》、心に従はぬは許して置く、鉄《くろがね》の室《むろ》に入れられながら、毛筋《けすじ》ほどの隙間《すきま》から、言語道断の不埒《ふらち》を働く、憎い女、さあ、男をいつて一所《いっしょ》に死ね……えゝ、言はぬか何《ど》うだ。」踏
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