つるぎ》の峰からあはれなる顔を出して、うろ/\媼《おうな》を求めたが、其の言《ことば》に従はず、故《ことさ》らに死地《しち》に就《つ》いたを憎んだか、最《も》う影も形も見えず、推量と多く違《たが》はず、家も床《ゆか》も疾《とく》に消えて、唯《ただ》枯野《かれの》の霧の黄昏《たそがれ》に、露《つゆ》の命の男女《ふたり》也《なり》。目を瞑《ねむ》ると、声を掛け、
「しかし客人、死を惜《おし》む者は殺さぬが又|掟《おきて》だ、予《あらかじ》め聞かう、主《ぬし》ある者と恋を為遂《しと》げるため、死を覚悟か。」
稍《やや》激しく。
「婦人《おんな》は?」
「はい。」と呼吸《いき》の下で答へたが、頷《うなず》くやうにして頭《つむり》を垂れた。
「可《よ》し。」
改めて、
「御身《おんみ》は。」
諾《だく》と答へようとした、謂《い》ふまでもない、此《この》美人は譬《たと》ひ今は世に亡《な》き人にもせよ、正《まさ》に自分の恋人に似て居るから。
けれども、譬《たと》ひ今は世に亡き人にもせよ、正に自分の恋人であればだけれども、可怪《おかし》、枯野《かれの》の妖魔が振舞《ふるまい》、我とともに死なんといふもの、恐らく案山子《かかし》を剥《は》いだ古蓑《ふるみの》の、徒《いたずら》に風に煽《あお》るに過ぎぬも知れないと思つたから、おもはゆげに頭《かしら》を掉《ふ》つた。
「殿、不実な男であります、婦人《おんな》は覚悟をしましたに、生命《いのち》を助かりたいとは、あきれ果てた未練者《みれんもの》、目の前でずた/\に婦人《おんな》を殺して見せつけてくれませう。」
「待て。」
「は。」
「客人が、世を果敢《はかな》んで居るうちは、我々の自由であるが、一度《ひとたび》心を入交《いれか》へて、恁《かか》る処《ところ》へ来るなどといふ、無分別《むふんべつ》さへ出さぬに於ては、神仏《しんぶつ》おはします、父君《ちちぎみ》、母君《ははぎみ》おはします洛陽《らくよう》の貴公子、むざとしては却《かえ》つて冥罰《みょうばつ》が恐《おそろ》しい。婦人《おんな》は斬《き》れ! 然《しか》し客人は丁寧にお帰し申せ。」
「は。」と再び答へると、何か知らず、桂木の両手を取つて、優しく扶《たす》け起したものがある、其が身に接した時、湿つた木《こ》の葉《は》の薫《かおり》がした。
腰のあたり、膝《ひざ》のあたり、跪
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