》し難《がた》き品位があつた。其の尖《とんが》つた顋《あぎと》のあたりを、すら/\と靡《なび》いて通る、綿《わた》の筋の幽《かすか》に白きさへ、やがて霜《しも》になりさうな冷《つめた》い雨。
少年は炉《ろ》の上へ両手を真直《まっすぐ》に翳《かざ》し、斜《ななめ》に媼の胸のあたりを窺《うかご》うて、
「はあ其では、何か、他《ほか》に通るものがあるんですか。」
媼は見返りもしないで、真向《まっこう》正面に渺々《びょうびょう》たる荒野《あれの》を控へ、
「他《ほか》に通るかとは、何がでござるの。」
「否《いいえ》、今|謂《い》つたぢやないか、人の通る路《みち》は廻り/\蜒《うね》つて居るつて。だから聞くんですが、他《ほか》に何か歩行《ある》きますか。」
「やれもう、こんな原ぢやもの、お客様、狐《きつね》も犬も通りませいで。霧《きり》がかゝりや、歩《ある》かうず、雲が下《おり》りや、走《はし》らうず、蜈蚣《むかで》も潜《もぐ》れば蝗《いなご》も飛ぶわいの、」と孫にものいふやう、顧《かえり》みて打微笑《うちほほえ》む。
二
此の口からなら、譬《たと》ひ鬼が通る、魔が、と言つても、疑ふ処《ところ》もなし、又|然《そ》う信ずればとて驚くことはないのであつた。少年は姓|桂木氏《かつらぎし》、東京なる某《なにがし》学校の秀才で、今年夏のはじめから一種|憂鬱《ゆううつ》な病《やまい》にかゝり、日を経《ふ》るに従うて、色も、心も死灰《しかい》の如く、やがて石碑《いしぶみ》の下に形なき祭《まつり》を享《う》けるばかりになつたが、其の病の原因《もと》はと、渠《かれ》を能《よ》く知る友だちが密《ひそか》に言ふ、仔細あつて世を早《はよ》うした恋なりし人の、其の姉君《あねぎみ》なる貴夫人より、一挺《いっちょう》最新式の猟銃を賜《たま》はつた。が、爰《ここ》に差置《さしお》いた即是《すなわちこれ》。
武器を参らす、郊外に猟などして、自《みずか》ら励まし給《たま》へ、聞くが如き其の容体《ようだい》は、薬も看護《みとり》も効《かい》あらずと医師のいへば。但《ただし》御身《おんみ》に恙《つつが》なきやう、わらはが手はいつも銃の口に、と心を籠《こ》めた手紙を添へて、両三|日《にち》以前に御使者《ごししゃ》到来。
凭《よ》りかゝつた胸の離れなかつた、机の傍《そば》にこれを受取ると
前へ
次へ
全28ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング