廻り廻り蜒《うね》つて居るで、半里《はんり》の余《よ》もござりましよ。」と首を引込め、又|揺出《ゆりだ》すやうにして、旧|停車場《ステエション》の方《かた》を見ながら言つた、媼がしよぼ/\した目は、恁《こ》うやつて遠方のものに摺《こす》りつけるまでにしなければ、見えぬのであらう。
それから顔を上げ下《おろ》しをする度《たび》に、恒《つね》は何処《どこ》にか蔵《かく》して置くらしい、がツくり窪《くぼ》んだ胸を、伸《のば》し且《か》つ竦《すく》めるのであつた。
素直に伸びたのを其のまゝ撫《な》でつけた白髪《しらが》の其《それ》よりも、尚《なお》多いのは膚《はだ》の皺《しわ》で、就中《なかんずく》最も深く刻まれたのが、脊《せ》を低く、丁《ちょう》ど糸車を前に、枯野《かれの》の末に、埴生《はにゅう》の小屋など引《ひっ》くるめた置物同然に媼を畳《たた》み込んで置くのらしい。一度胸を伸《のば》して後《うしろ》へ反《そ》るやうにした今の様子で見れば、瘠《や》せさらぼうた脊丈《せたけ》、此の齢《よわい》にしては些《ち》と高過ぎる位なもの、すツくと立つたら、五六本|細《ほそ》いのがある背戸《せど》の榛《はん》の樹立《こだち》の他《ほか》に、珍しい枯木《かれき》に見えよう。肉は干《ひから》び、皮|萎《しな》びて見るかげもないが、手、胸などの巌乗《がんじょう》さ、渋色《しぶいろ》に亀裂《ひび》が入つて下塗《したぬり》の漆《うるし》で固めたやう、未《ま》だ/\目立つのは鼻筋の判然《きっぱり》と通つて居る顔備《かおぞなえ》と。
黒ずんだが鬱金《うこん》の裏の附いた、はぎ/\の、之《これ》はまた美しい、褪《あ》せては居るが色々、浅葱《あさぎ》の麻《あさ》の葉、鹿子《かのこ》の緋《ひ》、国の習《ならい》で百軒から切《きれ》一《ひと》ツづゝ集めて継《つ》ぎ合す処《ところ》がある、其のちやん/\を着て、前帯《まえおび》で坐つた形で。
彼《か》の古戦場を過《よぎ》つて、矢叫《やさけび》の音を風に聞き、浅茅《あさじ》が原《はら》の月影に、古《いにしえ》の都を忍ぶたぐひの、心ある人は、此の媼《おうな》が六十年の昔を推《すい》して、世にも希《まれ》なる、容色《みめ》よき上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《じょうろう》としても差支《さしつかえ》はないと思ふ、何となく犯《おか
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