ろ、はゝはゝはゝ。」
腹蔵《ふくぞう》なく大笑《おおわらい》をするので、桂木は気を取直《とりなお》して、密《そっ》と先《ま》づ其の袂《たもと》の端に手を触れた。
途端に指の尖《さき》を氷のやうな針で鋭く刺さうと、天窓《あたま》から冷《ひや》りとしたが、小袖《こそで》はしつとりと手にこたへた、取り外《はず》し、小脇に抱く、裏が上になり、膝《ひざ》のあたり和《やわら》かに、褄《つま》しとやかに袷の裾なよ/\と畳に敷いて、襟は仰向《あおむ》けに、譬《たとえ》ば胸を反《そ》らすやうにして、桂木の腕にかゝつたのである。
さて見れば、鼠縮緬《ねずみちりめん》の裾廻《すそまわし》、二枚袷《にまいあわせ》の下着と覚《おぼ》しく、薄兼房《うすけんぼう》よろけ縞《じま》のお召縮緬《めしちりめん》、胴抜《どうぬき》は絞つたやうな緋の竜巻、霜《しも》に夕日の色|染《そ》めたる、胴裏《どううら》の紅《くれない》冷《つめた》く飜《かえ》つて、引けば切れさうに振《ふり》が開《あ》いて、媼《おうな》が若き時の名残《なごり》とは見えず、当世の色あざやかに、今脱いだかと媚《なまめ》かしい。
熟《じっ》と見るうちに我にもあらず、懐しく、床《ゆか》しく、いとしらしく、殊《こと》にあはれさが身に染《し》みて、まゝよ、ころりと寝て襟のあたりまで、銃を枕に引《ひっ》かぶる気になつた、ものの情《なさけ》を知るものの、恁《か》くて妖魔の術中に陥《おちい》らうとは、いつとはなしに思ひ思はず。
九
「はゝはゝ、見れば見るほど良い孫ぢやわいなう、何《ど》うぢや、少しは落着《おちつ》かしやつたか、安堵《あんど》して休まつしやれ。したがの、長いことはならぬぞや、疲労《くたびれ》が治つたら、早く帰らつしやれ。
お前さま先刻《さき》のほど、血相《けっそう》をかへて謂《い》はしつた、何か珍しいことでもあらうかと、生命《いのち》がけでござつたとの。良いにつけ、悪いにつけ、此処等《ここら》人の来《こ》ぬ土地《ところ》へ、珍しいお客様ぢや。
私《わし》がの、然《そ》うやつてござるあひだ、お伽《とぎ》に土産話《みやげばなし》を聞かせましよ。」
と下にも置かず両の手で、静《しずか》に糸を繰《く》りながら、
「他《ほか》の事ではないがの、今かけてござる其の下着ぢや。」
桂木は何時《いつ》かうつら/\して居た
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