法づかひだ、主殺《しゅころ》しと、可哀相に、此の原で磔《はりつけ》にしたとかいふ。
 日本一《にっぽんいち》の無法な奴等《やつら》、かた/″\殿様のお伽《とぎ》なればと言つて、綾錦《あやにしき》の粧《よそおい》をさせ、白足袋《しろたび》まで穿《は》かせた上、犠牲《いけにえ》に上げたとやら。
 南無三宝《なむさんぼう》、此の柱へ血が垂れるのが序開《じょびら》きかと、其《その》十字の里程標の白骨《はっこつ》のやうなのを見て居る中《うち》に、凭《よっ》かゝつて居た停車場《ステエション》の朽《く》ちた柱が、風もないに、身体《からだ》の圧《おし》で動くから、鉄砲を取直《とりなお》しながら後退《あとじさ》りに其処《そこ》を出た。
 雨は其の時から降り出して、それからの難儀さ。小糠雨《こぬかあめ》の細《こまか》いのが、衣服《きもの》の上から毛穴を徹《とお》して、骨に染《し》むやうで、天窓《あたま》は重くなる、草鞋《わらじ》は切れる、疲労《つかれ》は出る、雫《しずく》は垂《た》る、あゝ、新しい筵《むしろ》があつたら、棺《かん》の中へでも寝たいと思つた、其で此の家を見つけたんだもの、何の考へもなしに駈《か》け込んだが、一呼吸《ひといき》して見ると、何《ど》うだらう。」
 炉の火はパツと炎尖《ほさき》を立てて、赤く媼《おうな》の額《ひたい》を射《い》た、瞻《みまも》らるゝは白髪《しらが》である、其皺《そのしわ》である、目鼻立《めはなだち》である、手の動くのである、糸車の廻るのである。
 恁《か》くても依然として胸を折つて、唯《ただ》糸に操《あやつ》らるゝ如き、媼の状《さま》を見るにつけても、桂木は膝《ひざ》を立てて屹《きっ》となつた。
「失礼だが、お媼《ばあ》さん、場所は場所だし、末枯《うらがれ》だし、雨は降る、普通《ただ》ものとは思へないぢやないか。霧が雲がと押問答《おしもんどう》、謎《なぞ》のかけツこ見たやうなことをして居るのは、最《も》う焦《じ》れつたくつて我慢が出来ぬ。そんなまだるつこい、気の滅入《めい》る、糸車なんざ横倒しにして、面白いことを聞かしておくれ。
 それとも人が来たのが煩《うるさ》くツて、癪《しゃく》に障《さわ》つたら、さあ、手取り早く何《ど》うにかするんだ、牙《きば》にかけるなり、炎を吐《は》くなり、然《そ》うすりや叶《かな》はないまでも抵抗《てむかい》しよう、
前へ 次へ
全28ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング