《ところ》へ、お前様は何をしに来さつしやつた。」
 じろりと流盻《しりめ》に見ていつた。
 桂木はぎよつとしたが、
「理窟《りくつ》を聞くんぢやありません、私はね、実はお前さんのやうな人に逢《あ》つて、何か変つた話をして貰《もら》はう、見られるものなら見ようと思つて、遙々《はるばる》出向いて来たんだもの。人間の他《ほか》に歩行《ある》くものがあるといふから、扨《さて》こそと乗つかゝりや、霧や雲の動くことになつて了《しま》ふし、活《い》かしちや返さぬやうな者が住んででも居るやうに聞いたから、其を尋ねりや、怪我《けが》過失《あやまち》は所を定めないといふし、それぢや些《ちっ》とも張合《はりあい》がありやしない、何か珍しいことを話してくれませんか、私はね。」
 膝《ひざ》を進めて、瞳《ひとみ》を据《す》ゑ、
「私はね、お媼《ばあ》さん、風説《うわさ》を知りつゝ恁《こ》うやつて一人で来た位だから、打明けて云ひます、見受けた処《ところ》、君は何だ、様子が宛然《まるで》野の主《ぬし》とでもいふべきぢやないか、何の馬鹿々々《ばかばか》しいと思ふだらうが、好事《ものずき》です、何《ど》うぞ一番《ひとつ》構はず云つて聞かしてくれ給《たま》へな。
 恁《こ》ういふと何かお妖《ばけ》の催促をするやうでをかしいけれど、焦《じ》れツたくツて堪《たま》らない。
 素《もと》より其のつもりぢや来たけれど、私だつて、これ当世の若い者、はじめから何、人の命を取るたつて、野に居る毒虫か、函嶺《はこね》を追はれた狼《おおかみ》だらう、今時《いまどき》詰《つま》らない妖者《ばけもの》が居てなりますか、それとも野伏《のぶせ》り山賊《やまだち》の類《たぐい》ででもあらうかと思つて来たんです。霧が毒だつたり、怪我《けが》過失《あやまち》だつたり、心の迷《まよい》ぐらゐなことは実は此方《こっち》から言ひたかつた。其をあつちこつちに、お前さんの口から聞かうとは思はなかつた。其の癖、此方《こっち》はお媼《ばあ》さん、お前さんの姿を見てから、却《かえ》つて些《ち》と自分の意見が違つて来て、成程《なるほど》これぢや怪しいことのないとも限らぬか、と考へてる位なんだ。
 お聞きなさい、私が縁続きの人はね、商人《あきうど》で此の節《せつ》は立派に暮して居るけれど、若いうち一時《ひとしきり》困つたことがあつて、瀬戸《せと》のしけ
前へ 次へ
全28ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング