ひら》いてじつと、此の媼の目は、怪しく光つた如くに思はれたから、桂木は箸《はし》を置き、心で身構《みがまえ》をして、
「これかね。」と言ふをきツかけに、ずらして取つて引寄せた、空の模様、小雨《こさめ》の色、孤家《ひとつや》の裡《うち》も、媼の姿も、さては炉の中の火さへ淡く、凡《すべ》て枯野《かれの》に描かれた、幻の如き間《あいだ》に、ポネヒル連発銃の銃身のみ、青く閃《きらめ》くまで磨ける鏡かと壁を射《い》て、弾込《たまごめ》したのがづツしり手応《てごたえ》。
 我ながら頼母《たのも》しく、
「何、まあね、何《ど》うぞこれを打つことのないやうにと、内々《ないない》祈つて居るんだよ。」
「其はまた何といふわけでござらうの。」と澄《すま》して、例の糸を繰《く》る、五体は悉皆《しっかい》、車の仕かけで、人形の動くやう、媼は少頃《しばらく》も手を休めず。
 驚破《すわ》といふ時、綿《わた》の条《すじ》を射切《いき》つたら、胸に不及《およばず》、咽喉《のんど》に不及《およばず》、玉《たま》の緒《お》は絶《た》えて媼は唯《ただ》一個《いっこ》、朽木《くちき》の像にならうも知れぬ。
 と桂木は心の裡《うち》。

        四

 構はず兵糧《ひょうろう》を使ひつゝ、
「だつてお媼《ばあ》さん、此の野原は滅多《めった》に人の通らない処《ところ》だつて聞いたからさ。」
「そりや最《も》う眺望《ながめ》というても池一つあるぢやござらぬ、纔《わずか》ばかりの違《ちがい》でなう、三島はお富士山《ふじさま》の名所ぢやに、此処《ここ》は恁《こ》う一目千里《ひとめせんり》の原なれど、何が邪魔《じゃま》をするか見えませぬ、其れぢやもの、ものずきに来る人は無いのぢやわいなう。」
「否《いいえ》さ、景色がよくないから遊山《ゆさん》に来《こ》ぬの、便利が悪いから旅の者が通行せぬのと、そんなつい通りのことぢやなくさ、私たちが聞いたのでは、此の野中《のなか》へ入ることを、俗に身を投げると言ひ伝へて、無事にや帰られないんださうではないか。」
「それはお客様、此処《ここ》といふ限《かぎり》はござるまいがなう、躓《つまず》けば転びもせず、転びやうが悪ければ怪我《けが》もせうず、打処《うちどころ》が悪ければ死にもせうず、野でも山でも海でも川でも同じことでござるわなう、其につけても、然《そ》う又《また》人のいふ処
前へ 次へ
全28ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング