《いっとき》に三組《みくみ》も四組《よくみ》もはじまる事がある。卯《う》の花を掻乱《かきみだ》し、萩《はぎ》の花を散らして狂う。……かわいいのに目がないから、春も秋も一所《いっしょ》だが、晴の遊戯《あそび》だ。もう些《ちっ》と、綺麗《きれい》な窓掛《まどかけ》、絨毯《じゅうたん》を飾っても遣《や》りたいが、庭が狭いから、羽とともに散りこぼれる風情《ふぜい》の花は沢山ない。かえって羽について来るか、嘴《くちばし》から落すか、植えない菫《すみれ》の紫が一本《ひともと》咲いたり、蓼《たで》が穂を紅《あか》らめる。
ところで、何のなかでも、親は甘いもの、仔はずるく甘ッたれるもので。……あの胸毛の白いのが、見ていると、そのうちに立派に自分で餌《え》が拾えるようになる。澄ました面《つら》で、コツンなどと高慢に食べている。いたずらものが、二、三羽、親の目を抜いて飛んで来て、チュッチュッチュッとつつき合《あい》の喧嘩《けんか》さえ遣《や》る。生意気《なまいき》にもかかわらず、親雀がスーッと来て叱《しか》るような顔をすると、喧嘩の嘴《くちばし》も、生意気な羽も、忽《たちま》ちぐにゃぐにゃになって、チイチイ、赤坊声《あかんぼごえ》で甘ったれて、餌《うまうま》を頂戴と、口を張開《はりひら》いて胸毛をふわふわとして待構《まちかま》える。チチッ、チチッ、一人でお食べなと言っても肯《き》かない。頬辺《ほっぺた》を横に振っても肯《き》かない。で、チイチイチイ……おなかが空いたの。……おお、よちよち、と言った工合に、この親馬鹿が、すぐにのろくなって、お飯粒《まんまつぶ》の白い処《ところ》を――贅沢《ぜいたく》な奴らで、内《うち》のは挽割麦《ひきわり》を交《ま》ぜるのだがよほど腹がすかないと麦の方へは嘴《はし》をつけぬ。此奴《こいつ》ら、大地震の時は弱ったぞ――啄《ついば》んで、嘴《はし》で、仔の口へ、押込《おしこ》み揉込《もみこ》むようにするのが、凡《およ》そ堪《たま》らないと言った形で、頬摺《ほおず》りをするように見える。
怪《け》しからず、親に苦労を掛ける。……そのくせ、他愛《たわい》のないもので、陽気がよくて、お腹《なか》がくちいと、うとうととなって居睡《いねむり》をする。……さあさあ一《ひと》きり露台《みはらし》へ出ようか、で、塀の上から、揃ってもの干《ほし》へ出たとお思いなさい。日のほかほかと一面に当る中に、声は噪《はしゃ》ぎ、影は踊る。
すてきに物干《ものほし》が賑《にぎやか》だから、密《そっ》と寄って、隅の本箱の横、二階裏《にかいうら》の肘掛窓《ひじかけまど》から、まぶしい目をぱちくりと遣《や》って覗《のぞ》くと、柱からも、横木からも、頭の上の小廂《こびさし》からも、暖《あたたか》な影を湧《わ》かし、羽を光らして、一斉《いっとき》にパッと逃げた。――飛ぶのは早い、裏邸《うらやしき》の大枇杷《おおびわ》の樹までさしわたし五十|間《けん》ばかりを瞬《またた》く間《ま》もない。――(この枇杷の樹が、馴染《なじみ》の一家族の塒《ねぐら》なので、前通りの五本ばかりの桜の樹(有島《ありしま》家)にも一群《ひとむれ》巣を食っているのであるが、その組は私の内へは来ないらしい、持場が違うと見える)――時に、女中がいけぞんざいに、取込《とりこ》む時|引外《ひきはず》したままの掛棹《かけざお》が、斜違《はすか》いに落ちていた。硝子《がらす》一重《ひとえ》すぐ鼻の前《さき》に、一羽|可愛《かわい》いのが真正面《まっしょうめん》に、ぼかんと留《と》まって残っている。――どうかして、座敷へ飛込《とびこ》んで戸惑いするのを掴《つかま》えると、掌《てのひら》で暴れるから、このくらい、しみじみと雀の顔を見た事はない。ふっくりとも、ほっかりとも、細い毛へ一つずつ日光を吸込《すいこ》んで、おお、お前さんは飴《あめ》で出来ているのではないかい、と言いたいほど、とろんとして、目を眠っている。道理こそ、人の目と、その嘴《はし》と打撞《ぶつか》りそうなのに驚きもしない、と見るうちに、蹈《ふま》えて留《とま》った小さな脚がひょいと片脚、幾度も下へ離れて辷《すべ》りかかると、その時はビクリと居直《いなお》る。……煩《わずら》って動けないか、怪我《けが》をしていないかな。……
以前、あしかけ四年ばかり、相州逗子《そうしゅうずし》に住《すま》った時(三太郎《さんたろう》)と名づけて目白鳥《めじろ》がいた。
桜山《さくらやま》に生れたのを、おとりで捕った人に貰《もら》ったのであった。が、何処《どこ》の巣にいて覚えたろう、鵯《ひよ》、駒鳥《こまどり》、あの辺にはよくいる頬白《ほおじろ》、何でも囀《さえず》る……ほうほけきょ、ほけきょ、ほけきょ、明《あきら》かに鶯《うぐいす》の声を鳴いた。目白鳥としては駄鳥《だちょう》かどうかは知らないが、私には大の、ご秘蔵――長屋の破軒《やぶれのき》に、水を飲ませて、芋《いも》で飼ったのだから、笑って故《わざ》と(ご)の字をつけておく――またよく馴れて、殿様が鷹《たか》を据《す》えた格《かく》で、掌《てのひら》に置いて、それと見せると、パッと飛んで虫を退治《たいじ》た。また、冬の日のわびしさに、紅椿《べにつばき》の花を炬燵《こたつ》へ乗せて、籠を開けると、花を被《かぶ》って、密を吸いつつ嘴《くちばし》を真黄色《まっきいろ》にして、掛蒲団《かけぶとん》の上を押廻《おしまわ》った。三味線《さみせん》を弾いて聞かせると、音《ね》に競《きそ》って軒で高囀《たかさえず》りする。寂しい日に客が来て話をし出すと障子の外で負けまじと鳴きしきる。可愛いもので。……可愛いにつけて、断じて籠には置くまい。秋雨《あきさめ》のしょぼしょぼと降るさみしい日、無事なようにと願い申して、岩殿寺《いわとのでら》の観音《かんおん》の山へ放した時は、煩《わずら》っていた家内と二人、悄然《しょうぜん》として、ツィーツィーと梢《こずえ》を低く坂下《さかさが》りに樹を伝って慕《した》い寄る声を聞いて、ほろりとして、一人は袖《そで》を濡らして帰った。が、――その目白鳥の事で。……(寒い風だよ、ちょぼ一風《いちかぜ》は、しわりごわりと吹いて来る)と田越村《たごえむら》一番の若衆《わかいしゅう》が、泣声を立てる、大根の煮える、富士おろし、西北風《ならい》の烈しい夕暮に、いそがしいのと、寒いのに、向うみずに、がたりと、門《かど》の戸をしめた勢《いきおい》で、軒に釣った鳥籠をぐゎたり、バタンと撥返《はねかえ》した。アッと思うと、中の目白鳥は、羽ばたきもせず、横木を転げて、落葉の挟《はさま》ったように落ちて縮んでいる。「しまった、……三太郎が目をまわした。」「まあ、大変ね。」と襷《たすき》がけのまま庖丁《ほうちょう》を、投げ出して、目白鳥を掌《てのひら》に取って据えた婦《おんな》は目に一杯涙を溜《た》めて、「どうしましょう。」そ、その時だ。試《こころみ》に手水鉢《ちょうずばち》の水を柄杓《ひしゃく》で切って雫《しずく》にして、露にして、目白鳥の嘴《くちばし》を開けて含まして、襟《えり》をあけて、膚《はだ》につけて暖めて、しばらくすると、ひくひくと動き出した。ああ助《たすか》りました。御利益《ごりやく》と、岩殿《いわとの》の方《かた》へ籠を開いて、中へ入れると、あわれや、横木へつかまり得ない。おっこちるのが可恐《こわ》いのか、隅の、隅の、狭い処《ところ》で小《ちいさ》くなった。あくる日一日は、些《ち》と、ご悩気《のうけ》と言った形で、摺餌《すりえ》に嘴《くちばし》のあとを、ほんの筋ほどつけたばかり。但《ただ》し完全に蘇生《よみがえ》った。
この経験がある。
水でも飲まして遣《や》りたいと、障子を開けると、その音に、怪我《けが》処《どころ》か、わんぱくに、しかも二つばかり廻って飛んだ。仔雀は、うとりうとりと居睡《いねむり》をしていたのであった。……憎くない。
尤《もっと》もなかなかの悪戯《いたずら》もので、逗子《ずし》の三太郎……その目白鳥《めじろ》――がお茶の子だから雀の口真似《くちまね》をした所為《せい》でもあるまいが、日向《ひなた》の縁《えん》に出して人のいない時は、籠のまわりが雀どもの足跡だらけ。秋晴《あきばれ》の或日《あるひ》、裏庭の茅葺《かやぶき》小屋の風呂の廂《ひさし》へ、向うへ桜山《さくらやま》を見せて掛けて置くと、午《ひる》少し前の、いい天気で、閑《しずか》な折から、雀が一羽、……丁《ちょう》ど目白鳥の上の廂合《ひあわい》の樋竹《といだけ》の中へすぽりと入って、ちょっと黒い頭だけ出して、上から籠を覗込《のぞきこ》む。嘴《はし》に小さな芋虫《いもむし》を一つ銜《くわ》え、あっち向いて、こっち向いて、ひょいひょいと見せびらかすと、籠の中のは、恋人から来た玉章《たまずさ》ほどに欲しがって駈上《かけあが》り飛上《とびあが》って取ろうとすると、ひょいと面《かお》を横にして、また、ちょいちょいと見せびらかす。いや、いけずなお転婆《てんば》で。……ところがはずみに掛《かか》って振った拍子《ひょうし》に、その芋虫をポタリと籠の目へ、落したから可笑《おかし》い。目白鳥は澄まして、ペロリと退治《たいじ》た。吃驚仰天《びっくりぎょうてん》した顔をしたが、ぽんと樋《とい》の口を突出《つきだ》されたように飛んだもの。
瓢箪《ひょうたん》に宿る山雀《やまがら》、と言う謡《うた》がある。雀は樋の中がすきらしい。五、六羽、また、七、八羽、横にずらりと並んで、顔を出しているのが常である。
或《ある》殿《との》が領分巡回《りょうぶんめぐり》の途中、菊の咲いた百姓家に床几《しょうぎ》を据えると、背戸畑《せどばたけ》の梅の枝に、大《おおき》な瓢箪が釣《つる》してある。梅見《うめみ》と言う時節でない。
「これよ、……あの、瓢箪は何に致すのじゃな。」
その農家の親仁《おやじ》が、
「へいへい、山雀の宿にござります。」
「ああ、風情《ふぜい》なものじゃの。」
能の狂言の小舞《こまい》の謡《うたい》に、
[#ここから3字下げ]
いたいけしたるものあり。張子《はりこ》の顔や、練稚児《ねりちご》。しゅくしゃ結びに、ささ結び、やましな結びに風車《かざぐるま》。瓢箪に宿る山雀、胡桃《くるみ》にふける友鳥《ともどり》……
[#ここで字下げ終わり]
「いまはじめて相分《あいわか》った。――些少《ちと》じゃが餌《え》の料《りょう》を取らせよう。」
小春《こはる》の麗《うららか》な話がある。
御前《ごぜん》のお目にとまった、謡《うたい》のままの山雀は、瓢箪を宿とする。こちとらの雀は、棟割長屋《むねわりながや》で、樋竹《といだけ》の相借家《あいじゃくや》だ。
腹が空くと、電信の針がねに一座ずらりと出て、ぽちぽちぽちと中空《なかぞら》高く順に並ぶ。中でも音頭取《おんどとり》が、電柱の頂辺《てっぺん》に一羽|留《とま》って、チイと鳴く。これを合図に、一斉《いっとき》にチイと鳴出す。――塀《へい》と枇杷《びわ》の樹の間に当って。で御飯をくれろと、催促をするのである。
私が即《すなわ》ち取次いで、
「催促《やっ》てるよ、催促《やっ》てるよ。」
「せわしないのね。……煩《うるさ》いよ。」
などと言いながら、茶碗に装《よそ》って、婦《おんな》たちは露地へ廻る。これがこのうえ後《おく》れると、勇悍《ゆうかん》なのが一羽|押寄《おしよ》せる。馬に乗った勢《いきおい》で、小庭を縁側《えんがわ》へ飛上《とびあが》って、ちょん、ちょん、ちょんちょんと、雀あるきに扉《ひらき》を抜けて台所へ入って、お竈《へッつい》の前を廻るかと思うと、上の引窓《ひきまど》へパッと飛ぶ。
「些《ち》と自分でもお働き、虫を取るんだよ。」
何も、肯分《ききわ》けるのでもあるまいが、言《ことば》の下に、萩《はぎ》の小枝を、花の中へすらすら、葉の上はさらさら……あの撓々《たよたよ》とした細い枝へ、塀の上、椿《つばき》の樹からトンと下りると、下りたなりにすっと辷《すべ》っ
前へ
次へ
全5ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング