目をさえ疑うけれども、肥大漢《でっぷりもの》は、はじめから、裸体《はだか》になってまで、烏帽子《えぼし》のようなものをチョンと頭にのせていた。
「奇人だ。」
「いや、……崖下《がけした》のあの谷には、魔窟があると言う。……その種々《いろいろ》の意味で。……何しろ十年ばかり前には、暴風雨《あらし》に崖くずれがあって、大分、人が死んだ処《ところ》だから。」――
と或《ある》友だちは私に言った。
炎暑、極熱のための疲労《つかれ》には、みめよき女房の面《おもて》が赤馬《あかうま》の顔に見えたと言う、むかし武士《さむらい》の話がある。……霜《しも》が枝に咲くように、汗――が幻を描いたのかも知れない。が、何故《なぜ》か、私は、……実を言えば、雀の宿にともなわれたような思いがするのである。
かさねてと思う、日をかさねて一月《ひとつき》にたらず、九月|一日《いちにち》のあの大地震であった。
「雀たちは……雀たちは……」
火を避けて野宿しつつ、炎の中に飛ぶ炎の、小鳥の形を、真夜半《まよなか》かけて案じたが、家に帰ると、転げ落ちたまま底に水を残して、南天《なんてん》の根に、ひびも入《い》らずに残
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