った手水鉢《ちょうずばち》のふちに、一羽、ちょんと伝っていて、顔を見て、チイと鳴いた。
後に、密《そっ》と、谷の家を覗《のぞ》きに行った。近づくと胸は轟《とどろ》いた。が、ただ焼原《やけはら》であった。
私は夢かとも思う。いや、雀の宿の気がする。……あの大漢《おおおとこ》のまる顔に、口許《くちもと》のちょぼんとしたのを思え。卯《う》の毛で胡粉《ごふん》を刷《は》いたような女の膚《はだ》の、どこか、頤《あぎと》の下あたりに、黒いあざはなかったか、うつむいた島田髷《しまだ》の影のように――
おかしな事は、その時|摘《つ》んで来たごんごんごまは、いつどうしたか定かには覚えないのに、秋雨《あきさめ》の草に生えて、塀を伝っていたのである。
「どうだい、雀。」
知らぬ顔して、何にも言わないで、南天燭《なんてん》の葉に日の当る、小庭に、雀はちょん、ちょんと遊んでいる。
底本:「鏡花短篇集」川村二郎編、岩波文庫、岩波書店
1987(昭和62)年9月16日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二七卷」岩波書店
1942(昭和17)年10月
入力:砂場清隆
校正:松永正敏
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