の中に閑寂《しずか》に見えた。私はちょっと其処《そこ》へ掛けて、会釈で済ますつもりだったが、古畳で暑くるしい、せめてのおもてなしと、竹のずんど切《ぎり》の花活《はないけ》を持って、庭へ出直すと台所の前あたり、井戸があって、撥釣瓶《はねつるべ》の、釣瓶《つるべ》が、虚空へ飛んで猿のように撥《は》ねていた。傍《かたわら》に青芒《あおすすき》が一叢《ひとむら》生茂《おいしげ》り、桔梗《ききょう》の早咲《はやざき》の花が二、三輪、ただ初々《ういうい》しく咲いたのを、莟《つぼみ》と一枝、三筋ばかり青芒を取添《とりそ》えて、竹筒《たけづつ》に挿して、のっしりとした腰つきで、井戸から撥釣瓶《はねつるべ》でざぶりと汲上《くみあ》げ、片手の水差《みずさし》に汲んで、桔梗に灌《そそ》いで、胸はだかりに提《さ》げた処《ところ》は、腹まで毛だらけだったが、床《とこ》へ据えて、円い手で、枝ぶりをちょっと撓《た》めた形は、悠揚《ゆうよう》として、そして軽い手際《てぎわ》で、きちんと極《きま》った。掛物《かけもの》も何も見えぬ。が、唯《ただ》その桔梗の一輪が紫の星の照らすように据《すわ》ったのである。この待遇のため
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