《ある》くうちに汗を流した。
場所は言うまい。が、向うに森が見えて、樹の茂った坂がある。……私が覚えてからも、むかし道中の茶屋|旅籠《はたご》のような、中庭を行抜《ゆきぬ》けに、土間へ腰を掛けさせる天麩羅茶漬《てんぷらちゃづけ》の店があった。――その坂を下《お》りかかる片側に、坂なりに落込《おちこ》んだ空溝《からみぞ》の広いのがあって、道には破朽《やぶれく》ちた柵《さく》が結《ゆ》ってある。その空溝を隔てた、葎《むぐら》をそのまま斜違《はすか》いに下《おり》る藪垣《やぶがき》を、むこう裏から這《は》って、茂って、またたとえば、瑪瑙《めのう》で刻んだ、ささ蟹《がに》のようなスズメの蝋燭が見つかった。
つかまえて支えて、乗出《のりだ》しても、溝に隔てられて手が届かなかった。
杖《ステッキ》の柄《え》で掻寄《かきよ》せようとするが、辷《すべ》る。――がさがさと遣《や》っていると、目の下の枝折戸《しおりど》から――こんな処《ところ》に出入口があったかと思う――葎戸《むぐらど》の扉を明けて、円々《まるまる》と肥った、でっぷり漢《もの》が仰向《あおむ》いて出た。きびらの洗いざらし、漆紋《うる
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