のである。
 私たちの一向《いっこう》に気のない事は――はれて雀のものがたり――そらで嵐雪《らんせつ》の句は知っていても、今朝も囀《さえず》った、と心に留《と》めるほどではなかった。が、少《すくな》からず愛惜《あいじゃく》の念を生じたのは、おなじ麹町《こうじまち》だが、土手三番町《どてさんばんちょう》に住《すま》った頃であった。春も深く、やがて梅雨《つゆ》も近かった。……庭に柿の老樹が一株。遣放《やりばな》しに手入れをしないから、根まわり雑草の生えた飛石《とびいし》の上を、ちょこちょことよりは、ふよふよと雀が一羽、羽を拡げながら歩行《ある》いていた。家内がつかつかと跣足《はだし》で下りた。いけずな女で、確《たしか》に小雀を認めたらしい。チチチチ、チュ、チュッ、すぐに掌《てのひら》の中に入った。「引掴《ひッつか》んじゃ不可《いけな》い、そっとそっと。」これが鶯《うぐいす》か、かなりやだと、伝統的にも世間体にも、それ鳥籠《とりかご》をと、内《うち》にはないから買いに出る処《ところ》だけれど、対手《あいて》が、のりを舐《な》める代《しろ》もので、お安く扱われつけているのだから、台所の目笊《め
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