ばんちょう》を、やがて、いまの家へ越してから十四、五年になる。――あの時、雀の親子の情《なさけ》に、いとしさを知って以来、申出るほどの、さしたる御馳走でもないけれど、お飯粒《まんまつぶ》の少々は毎日欠かさず撒《ま》いて置く。たとえば旅行をする時でも、……「火の用心」と、「雀君を頼むよ」……だけは、留守へ言って置くくらいだが、さて、何年にも、ちょっと来て二羽三羽、五、六羽、総勢すぐって十二、三羽より数が殖えない。長者でもないくせに、俵《たわら》で扶持《ふち》をしないからだと、言われればそれまでだけれど、何、私だって、もう十羽殖えたぐらいは、それだけ御馳走を増すつもりでいるのに。
何も、雀に託《かこつ》けて身代《しんしょう》の伸びない愚痴《ぐち》を言うのではない。また……別に雀の数の多くなる事ばかりを望むのではないのであるが、春に、秋に、現に目に見えて五、六羽ずつは親の連れて来る子の殖えるのが分っているから、いつも同じほどの数なのは、何処《どこ》へ行って、どうするのだろうと思うからである。
が、どうも様子が、仔雀が一羽だちの出来るのを待って、その小児《こども》だけを宿に残して、親雀は塒《ねぐら》をかえるらしく思われる。
あの、仔雀が、チイチイと、ありッたけ嘴《くちばし》を赤く開けて、クリスマスに貰《もら》ったマントのように小羽を動かし、胸毛をふよふよと揺《ゆる》がせて、こう仰向《あおむ》いて強請《ねだ》ると、あいよ、と言った顔色《かおつき》で、チチッ、チチッと幾度《いくたび》もお飯粒《まんまつぶ》を嘴から含めて遣《や》る。……食べても強請《ねだ》る。ふくめつつ、後《あと》ねだりをするのを機掛《きっかけ》に、一粒|銜《くわ》えて、お母《っか》さんは塀《へい》の上――(椿《つばき》の枝下《えだした》で茲《ここ》にお飯《まんま》が置いてある)――其処《そこ》から、裏露地を切って、向うの瓦屋根《かわらやね》へフッと飛ぶ。とあとから仔雀がふわりと縋《すが》る。これで、羽を馴らすらしい。また一組は、おなじく餌《え》を含んで、親雀が、狭い庭を、手水鉢《ちょうずばち》の高さぐらいに舞上《まいあが》ると、その胸のあたりへ附着《くッつ》くように仔雀が飛上《とびあが》る。尾を地へ着けないで、舞いつつ、飛びつつ、庭中を翔廻《かけまわ》りなどもする、やっぱり羽を馴らすらしい。この舞踏が一斉《いっとき》に三組《みくみ》も四組《よくみ》もはじまる事がある。卯《う》の花を掻乱《かきみだ》し、萩《はぎ》の花を散らして狂う。……かわいいのに目がないから、春も秋も一所《いっしょ》だが、晴の遊戯《あそび》だ。もう些《ちっ》と、綺麗《きれい》な窓掛《まどかけ》、絨毯《じゅうたん》を飾っても遣《や》りたいが、庭が狭いから、羽とともに散りこぼれる風情《ふぜい》の花は沢山ない。かえって羽について来るか、嘴《くちばし》から落すか、植えない菫《すみれ》の紫が一本《ひともと》咲いたり、蓼《たで》が穂を紅《あか》らめる。
ところで、何のなかでも、親は甘いもの、仔はずるく甘ッたれるもので。……あの胸毛の白いのが、見ていると、そのうちに立派に自分で餌《え》が拾えるようになる。澄ました面《つら》で、コツンなどと高慢に食べている。いたずらものが、二、三羽、親の目を抜いて飛んで来て、チュッチュッチュッとつつき合《あい》の喧嘩《けんか》さえ遣《や》る。生意気《なまいき》にもかかわらず、親雀がスーッと来て叱《しか》るような顔をすると、喧嘩の嘴《くちばし》も、生意気な羽も、忽《たちま》ちぐにゃぐにゃになって、チイチイ、赤坊声《あかんぼごえ》で甘ったれて、餌《うまうま》を頂戴と、口を張開《はりひら》いて胸毛をふわふわとして待構《まちかま》える。チチッ、チチッ、一人でお食べなと言っても肯《き》かない。頬辺《ほっぺた》を横に振っても肯《き》かない。で、チイチイチイ……おなかが空いたの。……おお、よちよち、と言った工合に、この親馬鹿が、すぐにのろくなって、お飯粒《まんまつぶ》の白い処《ところ》を――贅沢《ぜいたく》な奴らで、内《うち》のは挽割麦《ひきわり》を交《ま》ぜるのだがよほど腹がすかないと麦の方へは嘴《はし》をつけぬ。此奴《こいつ》ら、大地震の時は弱ったぞ――啄《ついば》んで、嘴《はし》で、仔の口へ、押込《おしこ》み揉込《もみこ》むようにするのが、凡《およ》そ堪《たま》らないと言った形で、頬摺《ほおず》りをするように見える。
怪《け》しからず、親に苦労を掛ける。……そのくせ、他愛《たわい》のないもので、陽気がよくて、お腹《なか》がくちいと、うとうととなって居睡《いねむり》をする。……さあさあ一《ひと》きり露台《みはらし》へ出ようか、で、塀の上から、揃ってもの干《ほし》へ出たとお思いなさい。日の
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