ほかほかと一面に当る中に、声は噪《はしゃ》ぎ、影は踊る。
 すてきに物干《ものほし》が賑《にぎやか》だから、密《そっ》と寄って、隅の本箱の横、二階裏《にかいうら》の肘掛窓《ひじかけまど》から、まぶしい目をぱちくりと遣《や》って覗《のぞ》くと、柱からも、横木からも、頭の上の小廂《こびさし》からも、暖《あたたか》な影を湧《わ》かし、羽を光らして、一斉《いっとき》にパッと逃げた。――飛ぶのは早い、裏邸《うらやしき》の大枇杷《おおびわ》の樹までさしわたし五十|間《けん》ばかりを瞬《またた》く間《ま》もない。――(この枇杷の樹が、馴染《なじみ》の一家族の塒《ねぐら》なので、前通りの五本ばかりの桜の樹(有島《ありしま》家)にも一群《ひとむれ》巣を食っているのであるが、その組は私の内へは来ないらしい、持場が違うと見える)――時に、女中がいけぞんざいに、取込《とりこ》む時|引外《ひきはず》したままの掛棹《かけざお》が、斜違《はすか》いに落ちていた。硝子《がらす》一重《ひとえ》すぐ鼻の前《さき》に、一羽|可愛《かわい》いのが真正面《まっしょうめん》に、ぼかんと留《と》まって残っている。――どうかして、座敷へ飛込《とびこ》んで戸惑いするのを掴《つかま》えると、掌《てのひら》で暴れるから、このくらい、しみじみと雀の顔を見た事はない。ふっくりとも、ほっかりとも、細い毛へ一つずつ日光を吸込《すいこ》んで、おお、お前さんは飴《あめ》で出来ているのではないかい、と言いたいほど、とろんとして、目を眠っている。道理こそ、人の目と、その嘴《はし》と打撞《ぶつか》りそうなのに驚きもしない、と見るうちに、蹈《ふま》えて留《とま》った小さな脚がひょいと片脚、幾度も下へ離れて辷《すべ》りかかると、その時はビクリと居直《いなお》る。……煩《わずら》って動けないか、怪我《けが》をしていないかな。……

 以前、あしかけ四年ばかり、相州逗子《そうしゅうずし》に住《すま》った時(三太郎《さんたろう》)と名づけて目白鳥《めじろ》がいた。
 桜山《さくらやま》に生れたのを、おとりで捕った人に貰《もら》ったのであった。が、何処《どこ》の巣にいて覚えたろう、鵯《ひよ》、駒鳥《こまどり》、あの辺にはよくいる頬白《ほおじろ》、何でも囀《さえず》る……ほうほけきょ、ほけきょ、ほけきょ、明《あきら》かに鶯《うぐいす》の声を鳴いた。目白鳥としては駄鳥《だちょう》かどうかは知らないが、私には大の、ご秘蔵――長屋の破軒《やぶれのき》に、水を飲ませて、芋《いも》で飼ったのだから、笑って故《わざ》と(ご)の字をつけておく――またよく馴れて、殿様が鷹《たか》を据《す》えた格《かく》で、掌《てのひら》に置いて、それと見せると、パッと飛んで虫を退治《たいじ》た。また、冬の日のわびしさに、紅椿《べにつばき》の花を炬燵《こたつ》へ乗せて、籠を開けると、花を被《かぶ》って、密を吸いつつ嘴《くちばし》を真黄色《まっきいろ》にして、掛蒲団《かけぶとん》の上を押廻《おしまわ》った。三味線《さみせん》を弾いて聞かせると、音《ね》に競《きそ》って軒で高囀《たかさえず》りする。寂しい日に客が来て話をし出すと障子の外で負けまじと鳴きしきる。可愛いもので。……可愛いにつけて、断じて籠には置くまい。秋雨《あきさめ》のしょぼしょぼと降るさみしい日、無事なようにと願い申して、岩殿寺《いわとのでら》の観音《かんおん》の山へ放した時は、煩《わずら》っていた家内と二人、悄然《しょうぜん》として、ツィーツィーと梢《こずえ》を低く坂下《さかさが》りに樹を伝って慕《した》い寄る声を聞いて、ほろりとして、一人は袖《そで》を濡らして帰った。が、――その目白鳥の事で。……(寒い風だよ、ちょぼ一風《いちかぜ》は、しわりごわりと吹いて来る)と田越村《たごえむら》一番の若衆《わかいしゅう》が、泣声を立てる、大根の煮える、富士おろし、西北風《ならい》の烈しい夕暮に、いそがしいのと、寒いのに、向うみずに、がたりと、門《かど》の戸をしめた勢《いきおい》で、軒に釣った鳥籠をぐゎたり、バタンと撥返《はねかえ》した。アッと思うと、中の目白鳥は、羽ばたきもせず、横木を転げて、落葉の挟《はさま》ったように落ちて縮んでいる。「しまった、……三太郎が目をまわした。」「まあ、大変ね。」と襷《たすき》がけのまま庖丁《ほうちょう》を、投げ出して、目白鳥を掌《てのひら》に取って据えた婦《おんな》は目に一杯涙を溜《た》めて、「どうしましょう。」そ、その時だ。試《こころみ》に手水鉢《ちょうずばち》の水を柄杓《ひしゃく》で切って雫《しずく》にして、露にして、目白鳥の嘴《くちばし》を開けて含まして、襟《えり》をあけて、膚《はだ》につけて暖めて、しばらくすると、ひくひくと動き出した。ああ助《たすか
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