じ》った。雀同志は、突合《つつきあ》って、先を争って狂っても、その目白鳥にはおとなしく優しかった。そして目白鳥は、欲しそうに、不思議そうに、雀の飯《いい》を視《なが》めていた。
私は何故《なぜ》か涙ぐんだ。
優しい目白鳥は、花の蜜に恵まれよう。――親のない雀は、うつくしく愛らしい小鳥に、教えられ、導かれて、雪の不安を忘れたのである。
それにつけても、親雀は何処《どこ》へ行《ゆ》く。――
――去年七月の末であった。……余り暑いので、愚《ぐ》に返って、こうどうも、おお暑いでめげては不可《いけな》い。小児《こども》の時は、日盛《ひざかり》に蜻蛉《とんぼ》を釣ったと、炎天に打《ぶ》つかる気で、そのまま日盛《ひざかり》を散歩した。
その気のついでに、……何となく、そこいら屋敷町の垣根を探して(ごんごんごま)が見たかったのである。この名からして小児《こども》で可《い》い。――私は大好きだ。スズメノエンドウ、スズメウリ、スズメノヒエ、姫百合《ひめゆり》、姫萩《ひめはぎ》、姫紫苑《ひめしおん》、姫菊《ひめぎく》の※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《ろう》たけた称《となえ》に対して、スズメの名のつく一列の雑草の中に、このごんごんごまを、私はひそかに「スズメの蝋燭《ろうそく》」と称して、内々|贔屓《ひいき》でいる。
分けて、盂蘭盆《うらぼん》のその月は、墓詣《はかもうで》の田舎道、寺つづきの草垣に、線香を片手に、このスズメの蝋燭、ごんごんごまを摘んだ思出の可懐《なつかし》さがある。
しかもそのくせ、卑怯《ひきょう》にも片陰《かたかげ》を拾い拾い小さな社《やしろ》の境内《けいだい》だの、心当《こころあたり》の、邸《やしき》の垣根を覗《のぞ》いたが、前年の生垣も煉瓦にかわったのが多い。――清水谷《しみずだに》の奥まで掃除が届く。――梅雨《つゆ》の頃は、闇黒《くらがり》に月の影がさしたほど、あっちこっちに目に着いた紫陽花《あじさい》も、この二、三年こっちもう少い。――荷車のあとには芽ぐんでも、自動車の轍《わだち》の下には生えまいから、いまは車前草《おんばこ》さえ直ぐには見ようたって間《ま》に合わない。
で、何処《どこ》でも、あの、珊瑚《さんご》を木乃伊《みいら》にしたような、ごんごんごまは見当らなかった。――ないものねだりで、なお欲《ほし》い、歩行《ある》くうちに汗を流した。
場所は言うまい。が、向うに森が見えて、樹の茂った坂がある。……私が覚えてからも、むかし道中の茶屋|旅籠《はたご》のような、中庭を行抜《ゆきぬ》けに、土間へ腰を掛けさせる天麩羅茶漬《てんぷらちゃづけ》の店があった。――その坂を下《お》りかかる片側に、坂なりに落込《おちこ》んだ空溝《からみぞ》の広いのがあって、道には破朽《やぶれく》ちた柵《さく》が結《ゆ》ってある。その空溝を隔てた、葎《むぐら》をそのまま斜違《はすか》いに下《おり》る藪垣《やぶがき》を、むこう裏から這《は》って、茂って、またたとえば、瑪瑙《めのう》で刻んだ、ささ蟹《がに》のようなスズメの蝋燭が見つかった。
つかまえて支えて、乗出《のりだ》しても、溝に隔てられて手が届かなかった。
杖《ステッキ》の柄《え》で掻寄《かきよ》せようとするが、辷《すべ》る。――がさがさと遣《や》っていると、目の下の枝折戸《しおりど》から――こんな処《ところ》に出入口があったかと思う――葎戸《むぐらど》の扉を明けて、円々《まるまる》と肥った、でっぷり漢《もの》が仰向《あおむ》いて出た。きびらの洗いざらし、漆紋《うるしもん》の兀《は》げたのを被《き》たが、肥って大《おおき》いから、手足も腹もぬっと露出《むきで》て、ちゃんちゃんを被《はお》ったように見える、逞《たく》ましい肥大漢《でっぷりもの》の柄《がら》に似合わず、おだやかな、柔和な声して、
「何か、おとしものでもなされたか、拾ってあげましょうかな。」
と言った。四十くらいの年配である。
私は一応|挨拶《あいさつ》をして、わけを言わなければならなかった。
「ははあ、ごんごんごま、……お薬用《やくよう》か、何か禁厭《まじない》にでもなりますので?」
とにかく、路傍《みちばた》だし、埃《ほこり》がしている。裏の崖境《がけざかい》には、清浄《きれい》なのが沢山あるから、御休息かたがた。で、ものの言いぶりと人のいい顔色《かおつき》が、気を隔《お》かせなければ、遠慮もさせなかった。
「丁《ちょう》ど午睡時《ひるねどき》、徒然《とぜん》でおります。」
導かるるまま、折戸《おりど》を入ると、そんなに広いと言うではないが、谷間の一軒家と言った形で、三方が高台の森、林に包まれた、ゆっくりした荒れた庭で、むこうに座敷の、縁《えん》が涼しく、油蝉《あぶらぜみ》
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