、扇子を半開《はんびらき》か何かで、こう反身で見ると、(可愛らしいぼんちやな。)で、俳優《やくしゃ》の誰とかに肖《に》てるッて御意の上……(私は人の妾やよって、えらい相違もないやろけれど、畜生に世話になるより、ちっとは優《まし》や。旦那に頼んで出世させて上げる、来なはれ、)と直ぐに貴方。
 その場から連れて戻って、否応《いやおう》なしに、旦《だん》を説付《ときつ》けて、たちまち大店《おおだな》の手代分。大道稼ぎの猿廻しを、縞《しま》もの揃いにきちんと取立てたなんぞはいかがで。私は膝を突《つッ》つく腕に、ちっとは実があると思うんですが。」
 初阪はこれを聞くと、様子が違って、
「さあ、事だよ! すると、昨夜《ゆうべ》のはその猿廻しだ。」

       十

「いや、黒服の狂犬《やまいぬ》は、まだ妾《めかけ》の膝枕で、ふんぞり返って高鼾《たかいびき》。それさえ見てはいられないのに、……その手代に違いない。……当時の久松といったのが、前垂《まえだれ》がけで、何か急用と見えて、逢いに来てからの狼藉《ろうぜき》が、まったく目に余ったんだ。
 悪口《あっこう》吐《つ》くのに、(猿曳《さるひき》め
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