の堤を築いて、両方へ押分けたれば、練もののみが静まり返って、人形のように美しく且つ凄《すご》い。
 ただその中を、福草履ひたひたと地を刻んで、袴《はかま》の裾を忙《せわ》しそう。二人三人、世話人が、列の柵|摺《ず》れに往《ゆ》きつ還《かえ》りつ、時々顔を合わせて、二人|囁《ささや》く、直ぐに別れてまた一人、別な世話人とちょっと出遇《であ》う。中に一人落しものをしたように、うろうろと、市女たちの足許《あしもと》を覗《のぞ》いて歩行《ある》くものもあって、大《おおき》な蟻の働振《はたらきぶり》、さも事ありげに見えるばかりか、傘さしかけた白丁どもも、三人ならず、五人ならず、眉を顰《ひそ》め口を開けて空を見た。
 その空は、暗く濁って、ところどころ朱の色を交えて曇った。中を一条《ひとすじ》、列を切って、どこからともなく白気《はっき》が渡って、細々と長く、遥《はるか》に城ある方《かた》に靡《なび》く。これを、あたりの湯屋の煙、また、遠い煙筒《えんとつ》の煙が、風の死したる大阪の空を、あらん限り縫うとも言った。
 宵には風があった。それは冷たかったけれども、小春凪《こはるなぎ》の日の余残《なごり》に、薄月さえ朧々《おぼろおぼろ》と底の暖いと思ったが、道頓堀で小休みして、やがて太左衛門橋を練込む頃から、真暗《まっくら》になったのである。
 鴉は次第に数を増した。のみならず、白気の怪《あやし》みもあるせいか、誰云うとなく、今夜十二人の市女の中に、姫の数が一人多い。すべて十三人あると言交わす。
 世話人|徒《てあい》が、妙に気にして、それとなく、一人々々数えてみると、なるほど一人姫が多い。誰も彼も多いと云う。
 念のために、他所見《よそみ》ながら顔を覗《のぞ》いて、名を銘々に心に留めると、決して姫が殖《ふ》えたのではない。定《おきて》の通り十二人。で、また見渡すと十三人。
 ……式の最初、住吉|詣《もうで》の東雲《しののめ》に、女紅場で支度はしたが、急にお珊が気が変って、社《やしろ》へ参らぬ、と言ったために一人|俄拵《にわかごしら》えに数を殖《ふ》やした。が、それは伊丹幸《いたこう》の政巳《まさみ》と云って、お珊が稚《わか》い時から可愛がった妹分。その女は、と探ってみると、現に丸官に呼ばれて、浪屋の表座敷に居ると云うから、その身代りが交ったというのでもないのに。……
 それさえ尋常《
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