。枕頭《まくらもと》にまた一人、同じ姿の奴が居る。
お珊が黙って、此方《こなた》から差覗《さしのぞ》いて立ったのは、竜田姫《たつたひめ》の彳《たたず》んで、霜葉《もみじ》の錦の谿《たに》深く、夕映えたるを望める光景《ありさま》。居たのが立って、入ったのと、奴二人の、同じ八尺|対扮装《ついでたち》。紫の袖、白襟が、紫の袖、白襟が。
袖口燃ゆる緋縮緬《ひぢりめん》、ひらりと折目に手を掛けて、きりきりと左右へ廻して、枕を蔽《おお》う六枚|屏風《びょうぶ》、表に描《か》いたも、錦葉《にしきば》なるべし、裏に白銀《しろがね》の水が走る。
「あちらへ。」
お珊が二人を導いた時、とかくして座を立った、美津が狩衣の袴の裾は、膝を露顕《あらわ》な素足なるに、恐ろしい深山路《みやまじ》の霜を踏んで、あやしき神の犠牲《にえ》に行《ゆ》く……なぜか畳は辿々《たどたど》しく、ものあわれに見えたのである。奴二人は姿を隠した。
二十五
屏風を隔てて、この紅《くれない》の袴した媒人《なこうど》は、花やかに笑ったのである。
一人を褥《しとね》の上に据えて、お珊がやがて、一人を、そのあとから閨《ねや》へ送ると、前のが、屏風の片端から、烏帽子のなりで、するりと抜ける。
下髪《さげがみ》であとを追って、手を取って、枕頭《まくらもと》から送込むと、そこに据えたのが、すっと立って、裾から屏風を抜けて出る。トすぐに続いて、縋《すが》って抱くばかりにして、送込むと、おさえておいたのが、はらはら出る。
素袍《すおう》、狩衣、唐衣、綾《あや》と錦の影を交えて、風ある状《さま》に、裾袂、追いつ追われつ、ひらひらと立舞う風情に閨を繞《めぐ》った。巫山《ふざん》の雲に桟《かけはし》懸《かか》れば、名もなき恋の淵《ふち》あらむ。左、橘《たちばな》、右、桜、衣《きぬ》の模様の色香を浮かして、水は巴《ともえ》に渦を巻く。
「おほほほほ、」
呼吸《いき》も絶ゆげな、なえたような美津の背《せな》を、屏風の外で抱えた時、お珊は、その花やかな笑《わらい》を聞かしたのである。
好《よ》き機会《しお》とや思いけん。
廊下に跫音《あしおと》、ばたばたと早く刻んで、羽織袴の、宝の市の世話人一人、真先《まっさき》に、すっすっすっと来る、当浪屋の女房《かみ》さん、仲居まじりに、奴が続いて、迎いの人数《にんず》。
前へ
次へ
全52ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング