羞《はにかん》でいて取んなはらん。……何や、貴方《あんた》がた、おかしなえ。」
ふと気色ばんだお珊の状《さま》に、座が寂《しん》として白けた時、表座敷に、テンテン、と二ツ三ツ、音《ね》じめの音が響いたのである。
二人は黙って差俯向《さしうつむ》く。……
お珊は、するりと膝を寄せた。屹《きっ》として、
「早うおしや! 邪魔が入るとならんよって、私も直《じ》きに女紅場へ行かんとならんえ。……な、あの、酌人が不足なかい。」
二人は、せわしげに瞳を合して、しきりに目でものを云っていた。
「もし、」
と多一が急《せ》いた声で、
「御寮人様、この上になお罰が当ります。不足やなんの、さような事がありまして可《い》いものでござりますか。御免下さりまし、申しましょう。貴女様、その召しました、両方のお袂《たもと》の中が動きます。……美津は、あの、それが可恐《こわ》いのでござります。」と判然《はっきり》云った。
と、頤《おとがい》を檜扇《ひおうぎ》に、白小袖の底を透《すか》して、
「これか、」
と投げたように言いながら、衝《つ》と、両手を中へ、袂を探って、肩をふらりと、なよなよとその唐織の袖を垂れたが、品《ひん》を崩して、お手玉持つよ、と若々しい、仇気《あどけ》ない風があった。
「何や、この二条《ふたすじ》の蛇が可恐い云うて?……両方とも、言合わせたように、貴方《あんた》二人が、自分たちで、心願掛けたものどっせ。
餅屋の店で逢うた時、多一さん、貴方《あんた》はこの袋一つ持っていた。な、買うて来るついではあって、一夜《ひとよさ》祈《いのり》はあげたけれど、用の間が忙しゅうて、夜さり高津の蛇穴へ放しに行《ゆ》く隙《ひま》がない、頼まれて欲《ほし》い――云うて、美津さんに託《ことづ》きょう、とそれが用で顔見に行《ゆ》かはった云うたやないか。」
二十四
「美津さんもまた、日が暮れたら、高津へ行て放す心やった云うて、自分でも一筋。同じ袋に入ったのが、二ツ、ちょんと、あの、猿の留木《とまりぎ》の下に揃えてあって、――その時、私に打明けて二人して言やはったは、つい一昨日《おととい》の晩方や。
それもこれも、貴方《あんた》がた、芝居の事があってから、あんな奉公早う罷《や》めて、すぐにも夫婦になれるようにと、身体《からだ》は両方別れていて、言合せはせぬけれど、同じ日、同
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