分は、大阪に呼んで(いたずら)とか。緋縮緬《ひぢりめん》のかけおろし。橘に実を抱かせた笄《こうがい》を両方に、雲井の薫《かおり》をたきしめた、烏帽子《えぼし》、狩衣《かりぎぬ》。朱総《しゅぶさ》の紐は、お珊が手にこそ引結うたれ。着つけは桃に薄霞《うすがすみ》、朱鷺色絹《ときいろぎぬ》に白い裏、膚《はだえ》の雪の紅《くれない》の襲《かさね》に透くよう媚《なまめ》かしく、白の紗《しゃ》の、その狩衣を装い澄まして、黒繻子《くろじゅす》の帯、箱文庫。
 含羞《はなじろ》む瞼《まぶた》を染めて、玉の項《うなじ》を差俯向《さしうつむ》く、ト見ると、雛鶴《ひなづる》一羽、松の羽衣|掻取《かいと》って、曙《あけぼの》の雲の上なる、宴《うたげ》に召さるる風情がある。
 同じ烏帽子、紫の紐を深く、袖を並べて面伏《おもぶせ》そうな、多一は浅葱紗《あさぎしゃ》の素袍《すおう》着て、白衣《びゃくえ》の袖を粛《つつ》ましやかに、膝に両手を差置いた。
 前なるお美津は、小鼓に八雲琴《やくもごと》、六人ずつが両側に、ハオ、イヤ、と拍子を取って、金蒔絵《きんまきえ》に銀鋲《ぎんびょう》打った欄干づき、輻《やぼね》も漆の車屋台に、前囃子《まえばやし》とて楽を奏する、その十二人と同じ風俗。
 後囃子《あとばやし》が、また幕打った高い屋台に、これは男の稚児《ちご》ばかり、すり鉦《がね》に太鼓を合わせて、同じく揃う十二人と、多一は同じ装束である。
 二人を前に、銚子《ちょうし》を控えて、人交ぜもしなかった……その時お珊の装《よそおい》は、また立勝《たちまさ》って目覚しや。

       十九

 宝の市の屋台に付いて、市女《いちめ》また姫とも称《とな》うる十二人の美女が練る。……
 練衣《ねりぎぬ》小袿《こうちぎ》の紅《くれない》の袴《はかま》、とばかりでは言足らぬ。ただその上下《うえした》を装束《そうぞ》くにも、支度の夜は丑満《うしみつ》頃より、女紅場《じょこうば》に顔を揃えて一人々々|沐浴《ゆあみ》をするが、雪の膚《はだえ》も、白脛《しろはぎ》も、その湯は一人ずつ紅《べに》を流し、白粉《おしろい》を汲替《くみか》える。髪を洗い、櫛《くし》を入れ、丈より長く解捌《ときさば》いて、緑の雫《しずく》すらすらと、香枕《こうまくら》の香に霞むを待てば、鶏の声しばしば聞えて、元結《もとゆい》に染む霜の鐘の音。血る
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