》には潜《ひそ》んで、ひそひそと身の上話がはじまろう。
 故郷《ふるさと》なる、何を見るやら、向《むき》は違っても一つ一つ、首を据えて目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》る。が、人も、もの言わず、活《いき》ものがこれだけ居て余りの静かさ。どれかが幽《かすか》に、えへん、と咳払《せきばらい》をしそうで寂《さみ》しい。
 一頭《ひとつ》、ぬっと、ざらざらな首を伸ばして、長く反《そ》って、汀を仰いだのがあった。心は、初阪等二人と斉《ひと》しく、絹糸の虹を視《なが》めたに違いない。
「気味の悪いもんですね、よく見るといかにも頭つきが似ていますぜ。」
 男衆は両手を池の上へ出しながら、橋の欄干に凭《もた》れて低声《こごえ》で云う。あえて忍音《しのびね》には及ばぬ事を。けれども、……ここで云うのは、直《じか》に話すほど、間近な人に皆聞える。
「まったく、魚《うお》じゃ鯔《ぼら》の面色《かおつき》が瓜二つだよ。」
 その何に似ているかは言わずとも知れよう。
「ああああ、板の下から潜出《もぐりだ》して、一つ水の中から顕《あらわ》れたのがあります。大分大きゅうがすせ。」
 成程、たらたらと漆《うるし》のような腹を正的《まとも》に、甲《こうら》に濡色の薄紅《うすべに》をさしたのが、仰向《あおむ》けに鰓《あぎと》を此方《こなた》へ、むっくりとして、そして頭の尖《さき》に黄色く輪取った、その目が凸《なかだか》にくるりと見えて、鱗《うろこ》のざらめく蒼味《あおみ》がかった手を、ト板の縁《ふち》へ突張《つッぱ》って、水から半分ぬい、と出た。
「大将、甲羅《こうら》干しに板へ出る気だ。それ乗ります。」
 と男衆の云った時、爪が外れて、ストンと落ちた。
 が、直ぐにすぼりと胸を浮かす。
「今度は乗るぜ。」
 やがて、甲羅を、残らず藻の上へ水から離して踏張《ふんば》った。が、力足らず、乗出した勢《いきおい》が余って、取外ずすと、ずんと沈む。
「や、不可《いけな》い。」
 たちまち猛然としてまた浮いた。
 で、のしり、のしりと板へ手をかけ、見るも不器用に、堅い体を伸上《のしあ》げる。
「しっかりしっかり、今度は大丈夫。あ、また辷《すべ》った。大事な処で。」と男衆は胸を乗出す。
 汀のお珊は、褄《つま》をすらりと足をちょいと踏替えた。奴島田《やっこしまだ》は、洋傘《こうもり》を畳んで支
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