中へ吐散らして、あはは、あはは、と面相の崩れるばかり、大口を開いて笑ったっけ。
(鉄砲|打《ぶ》て、戦争|押始《おっぱじ》めろ。大砲でも放さんかい、陰気な芝居や、馬鹿、)と云うと、また急に、険しい、苦い、尖《とが》った顔をして、じろりと多一を睨《にら》みつけた。
(何しとる、うむ、)と押潰《おしつぶ》すように云います。
(それでは、番頭さんに、その通り申聞けますでございます、)とまた立って、多一が歩行《ある》き出すと(こら!)と呼んで呼び留めた。
(丁稚々々《でっちでっち》、)と今度は云うのさ。」
聞く男衆は歎息した。
「難物ですなあ。」
十三
「それからの狂犬《やまいぬ》が、条理《すじ》違いの難題といっちゃ、聞いていられなかったぜ。
(汝《わり》ゃ、はいはいで、用を済まいた顔色《がんしょく》で、人間並に桟敷裏を足ばかりで立って行くが、帰ったら番頭に何と言うて返事さらすんや。何や! 払うな、と俺が吩咐《いいつ》けたからその通り申します、と申しますが、呆れるわい、これ、払うべき金子《かね》を払わいで、主人の一分が立つと思うか。(五百円や三百円、)と大《おおき》な声して、(端金子《はしたがね》、)で、底力を入れて塗《なす》りつけるように声を密《ひそ》めて……(な、端金子を、ああもこうもあるものかい。俺が払うな、と言うたかて払え。さっさと一束にして突付けろ。帰れ! 大白痴《おおたわけ》、その位な事が分らんか。)
で、また追立《おった》てて、立掛ける、とまたしても、(待ちおれ。)だ。
(分ったか、何、分った、偉い! 出来《でか》す、)と云ってね、ふふん、と例の厭《いや》な笑方《わらいかた》をして、それ、直ぐに芸妓連《げいこれん》の顔をぎょろり。
(分ったら言うてみい、帰って何と返事をする、饒舌《しゃべ》れ。一応は聞いておく。丸官後学のために承りたい、ふん、)と鼻を仰向《あおむ》けに耳を多一に突附けて、そこにありあわせた、御寮人の黄金煙管《きんぎせる》を握って、立続けに、ふかふか吹かす。
(判然《はっきり》言え、判然、ちゃんと口上をもって吐《ぬ》かせ。うん、番頭に、番頭に、番頭に、何だ、金子《かね》を払え?……黙れ! 沙汰過ぎた青二才、)と可恐《おそろし》い顔になった。(誰が?)と吠《ほ》えるような声で、(誰が払えと言った。誰が、これ、五百円は大金だぞ!
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