》で、肩を敲《たた》こうとするが、ひッつるばかりで手が動かぬ。
うん、と云う。
や、老人《としより》の早打肩。危いと思った時、幕あきの鳴ものが、チャンと入って、下座《げざ》の三味線《さみせん》が、ト手首を口へ取って、湿《しめり》をくれたのが、ちらりと見える。
どこか、もの蔭から、はらはらと走って出たのはその娘で。
突然《いきなり》、爺様《じいさん》の背中へ掴《つか》まると、手水鉢の傍《わき》に、南天の実の撓々《たわたわ》と、霜に伏さった冷い緋鹿子《ひがのこ》、真白《まっしろ》な小腕《こがいな》で、どんつくの肩をたたくじゃないか。
青苔《あおごけ》の緑青《ろくしょう》がぶくぶく禿《は》げた、湿った貼《のり》の香のぷんとする、山の書割の立て掛けてある暗い処へ凭懸《よっかか》って、ああ、さすがにここも都だ、としきりに可懐《なつかし》く熟《じっ》と視《み》た。
そこへ、手水鉢へ来て、手を洗ったのが、若い手代――君が云う、その美少年の猿廻《さるまわし》。」
十二
「急いで手拭を懐中《ふところ》へ突込むと、若手代はそこいらしきりに前後《あとさき》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》した、……私は書割の山の陰に潜《ひそ》んでいたろう。
誰も居ないと見定めると、直ぐに、娘をわきへ推遣《おしや》って、手代が自分で、爺様《じいさん》の肩を敲《たた》き出した。
二人はいい中で居るらしい、一目見て様子で知れる、」
「ほう、」
と唐突《だしぬけ》に声を揚げて、男衆は小溝を一つ向うへ跳んだ。初阪は小さな石橋を渡った時。
「私は旅行《たび》をした効《かい》があると思った。
声は届かないけれども、趣でよく分る。……両手を働かせながら、若手代は、顔で教えて、ここは可い、自分が介抱するから、あっちへ行って芝居を見るように、と勧めるんです。娘が肯《き》かないのを、優しく叱るらしく見えると、あいあいと頷《うなず》く風でね、老年《としより》を勦《いたわ》る男の深切を、嬉しそうに、二三度見返りながら、娘はいそいそと桟敷へ帰る。その竹の扉《ひらき》を出る時、ちょっと襟を合せましたよ。
私も帰った。
間もなく、何、さしたる事でもなかったろう。すぐに肩癖《けんぺき》は解《ほぐ》れた、と見えて、若い人は、隣の桟敷際へ戻って来て、廊下へ支膝《つきひざ》、以前《
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