引担《ひっかつ》ぐような肱《ひじ》の上へ、妾の膝で頭を載せた。
(注げ! 馬鹿めが、)と猪口を叱って、茶碗で、苦い顔して、がぶがぶと掻喫《かっくら》う処へ、……色の白い、ちと纎弱《ひよわ》い、と云った柄さ。中脊の若いのが、縞《しま》の羽織で、廊下をちょこちょこと来て、ト手をちゃんと支《つ》いた。
(何や、)と一ツ突慳貪《つッけんどん》に云って睨《にら》みつけたが、低声《こごえ》で、若いのが何か口上を云うのを、フーフーと鼻で呼吸《いき》をしながら、目を瞑《ねむ》って、真仰向けに聞いたもんです。
(旦那の、)旦那と云うんだ。(旦那のここに居るのがどないして知れた、何や、)とまた怒鳴って、(判然《はっきり》ぬかしおれ。何や? 番頭が……ふ、ふ、ふ、ふん、)と嘲《あざ》けるような、あの、凄《すご》い笑顔《わらいがお》。やがて、苦々しそうに、そして切なそうに、眉を顰《しか》めて、唇を引結《ひんむす》ぶと、グウグウとまた鼾《いびき》を掻出す。
いや、しばらく起きない。
若手代は、膝へ手を支《つ》いたなり、中腰でね、こう困ったらしく俯向《うつむ》いたッきり。女連は、芝居に身が入《い》って言《ことば》も掛けず。
その中《うち》に幕が閉《しま》った。
満場わッと鳴って、ぎっしり詰《つま》ったのが、真黒《まっくろ》に両方の廊下へ溢れる。
しばらくして、大分|鎮《しず》まった時だった。幕あきに間もなさそうで、急足《いそぎあし》になる往来《ゆきき》の中を、また竹の扉《ひらき》からひょいと出たのは、娘を世話した男衆でね。手に弁当を一つ持っていました。
(はいよ、お弁当、)と云って、娘に差出して、渡そうとしたっけが……」
十一
「そこに私も居る、……知らぬ間に肥満女《ふとっちょ》の込入ったのと、振向いた娘の顔とを等分に見較べて(和女《あんた》、極《きまり》が悪いやろ。そしたら私《わし》が方へ来て食《あが》りなはるか。ああ、そうしなはれ、)と莞爾々々《にこにこ》笑う、気の可《い》い男さ。(太《えら》いお邪魔にござります。)と、屈《かが》んで私に挨拶して、一人で合点して弁当を持ったまま、ずいと引退《ひきさが》った。
娘がね、仕切に手を支《つ》くと、向直って、抜いた花簪《はなかんざし》を載せている、涙に濡れた、細《ほっそ》り畳んだ手拭《てぬぐい》を置いた、友染の前垂れの
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