んだ。
私は駕籠の手に確《しか》と縋《すが》った。
草に巨人の足跡の如き、沓形《くつがた》の峯の平地《ひらち》へ出た。巒々《らんらん》相迫《あいせま》った、かすかな空は、清朗にして、明碧《めいへき》である。
山気《さんき》の中に優しい声して、「お掛けなさいましな。」軒は巌《いわ》を削れる如く、棟《むね》広く柱黒き峯の茶屋に、木の根のくりぬきの火鉢を据えて、畳《たたみ》二畳にも余りなん、大熊の皮を敷いた彼方《かなた》に、出迎えた、むすび髪の色白な若い娘は、唯《と》見ると活けるその熊の背に、片膝して腰を掛けた、奇《く》しき山媛《やまひめ》の風情《ふぜい》があった。
袖も靡《なび》く。……山嵐|颯《さっ》として、白い雲は、その黒髪《くろかみ》の肩越《かたごし》に、裏座敷の崖の欄干《てすり》に掛って、水の落つる如く、千仭《せんじん》の谷へ流れた。
その裏座敷に、二人一組、別に一人、一人は旅商人《たびあきゅうど》、二人は官吏らしい旅客がいて憩った。いずれも、柳《やな》ヶ瀬《せ》から、中の河内|越《ごえ》して、武生へ下《くだ》る途中なのである。
横づけの駕籠を覗《のぞ》いて、親仁が、「
前へ
次へ
全12ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング