お前さま、おだるけりゃ、お茶を取って進ぜますで。」「いいえ出ますから。」
 娘が塗盆《ぬりぼん》に茶をのせて、「あの、栃《とち》の餅《もち》、あがりますか。」「駕籠屋さんたちにもどうぞ。」「はい。」――其処《そこ》に三人の客にも酒はない。皆栃の実の餅の盆を控えていた。
 娘の色の白妙《しろたえ》に、折敷《おしき》の餅は渋《しぶ》ながら、五ツ、茶の花のように咲いた。が、私はやっぱり腹が痛んだ。
 勘定の時に、それを言って断《ことわ》った。――「うまくないもののように、皆残して済みません。」ああ、娘は、茶碗を白湯《さゆ》に汲みかえて、熊の胆《い》をくれたのである。
 私は、じっと視《み》て、そしてのんだ。
 栃の餅を包んで差寄《さしよ》せた。「堅くなりましょうけれど、……あの、もう二度とお通りにはなりません。こんな山奥の、おはなしばかり、お土産《みやげ》に。――この実を入れて搗《つ》きますのです、あの、餅よりこれを、お土産に。」と、めりんすの帯の合せ目から、ことりと拾って、白い掌《て》で、こなたに渡した。
 小さな鶏卵《たまご》の、軽く角《かど》を取って扁《ひら》めて、薄漆《うすうるし》を
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