たた》って、底知れぬ谷暗く、風は梢《こずえ》に渡りつつ、水は蜘蛛手《くもで》に岨《そば》を走って、駕籠は縦になって、雲を仰ぐ。
前棒《さきぼう》の親仁《おやじ》が、「この一山《ひとやま》の、見さっせえ、残らず栃《とち》の木の大木でゃ。皆|五抱《いつかか》え、七抱《ななかか》えじゃ。」「森々《しんしん》としたもんでがんしょうが。」と後棒《あとぼう》が言《ことば》を添える。「いかな日にも、はあ、真夏の炎天にも、この森で一度雨の降らぬ事はねえのでの。」清水の雫《しずく》かつ迫り、藍縞《あいじま》の袷《あわせ》の袖《そで》も、森林の陰に墨染《すみぞめ》して、襟《えり》はおのずから寒かった。――「加州家《かしゅうけ》の御先祖が、今の武生《たけふ》の城にござらしった時から、斧《おの》入れずでの。どういうものか、はい、御維新前まで、越前の中《うち》で、此処《ここ》一山《ひとやま》は、加賀《かが》領でござったよ――お前様、なつかしかんべい。」「いや、僕は些《ちっ》とでも早く東京へ行《ゆ》きたいんだよ。」「お若いで、えらい元気じゃの。……はいよ。」「おいよ。」と声を合わせて、道割《みちわれ》の小滝を飛
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