ず》の蓮見《はすみ》から、入谷《いりや》の朝顔などというみぎりは、一杯のんだ片頬《かたほお》の日影に、揃って扇子《おうぎ》をかざしたのである。せずともいい真似をして。……勿論、蚊《か》を、いや、蚊帳《かや》を曲《ころ》して飲むほどのものが、歩行《ある》くに日よけをするわけはない。蚊帳の方は、まだしかし人ぎきも憚《はばか》るが、洋傘の方は大威張《おおいばり》で持たずに済んだ。
神楽坂《かぐらざか》辺《へん》をのすのには、なるほど(なし)で以《もっ》て事は済むのだけれども、この道中には困却した。あまつさえ……その年は何処《どこ》も陽気が悪かったので、私は腹を痛めていた。祝儀らしい真似もしない悲しさには、柔《やわらか》い粥《かゆ》とも誂《あつら》えかねて、朝立った福井の旅籠《はたご》で、むれ際《ぎわ》の飯を少しばかり。しくしく下腹の痛む処《ところ》へ、洪水《でみず》のあとの乾旱《からでり》は真《しん》にこたえた。鳥打帽《とりうちぼう》の皺《しな》びた上へ手拭《てぬぐい》の頬かむりぐらいでは追着《おッつ》かない、早や十月の声を聞いていたから、護身用の扇子《せんす》も持たぬ。路傍《みちばた》に
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