に迷って、根こそぎ倒れた並木の松を、丸木橋とよりは筏《いかだ》に蹈《ふ》んで、心細さに見返ると、車夫《くるまや》はなお手廂《てびさし》して立っていた。
 翼をいためた燕《つばめ》の、ひとり地《ち》ずれに辿《たど》るのを、あわれがって、去りあえず見送っていたのであろう。
 たださえ行悩《ゆきなや》むのに、秋暑しという言葉は、残暑の酷《きび》しさより身にこたえる。また汗の目に、野山の赤いまで暑かった。洪水《でみず》には荒れても、稲葉《いなば》の色、青菜の影ばかりはあろうと思うのに、あの勝山《かつやま》とは、まるで方角が違うものを、右も左も、泥の乾いた煙草畑《たばこばたけ》で、喘《あえ》ぐ息さえ舌に辛《から》い。
 祖母が縫ってくれた鞄代用《かばんがわり》の更紗《さらさ》の袋を、斜《はす》っかいに掛けたばかり、身は軽いが、そのかわり洋傘《こうもり》の日影も持たぬ。
 紅葉《こうよう》先生は、その洋傘が好きでなかった。遮《さえぎ》らなければならない日射《ひざし》は、扇子《おうぎ》を翳《かざ》されたものである。従って、一門の誰《たれ》かれが、大概《たいがい》洋傘を意に介しない。連れて不忍《しのば
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