じゅず》を外《はず》すと、木綿《もめん》小紋《こもん》のちゃんちゃん子、経肩衣《きょうかたぎぬ》とかいって、紋の着いた袖なしを――外は暑いがもう秋だ――もっくりと着込んで、裏納戸《うらなんど》の濡縁《ぬれえん》に胡坐《あぐら》かいて、横背戸《よこせど》に倒れたまま真紅《まっか》の花の小さくなった、鳳仙花《ほうせんか》の叢《くさむら》を視《なが》めながら、煙管《きせる》を横銜《よこぐわ》えにしていた親仁《おやじ》が、一膝《ひとひざ》ずるりと摺《ず》って出て、「一肩《ひとかた》遣《や》っても進じょうがの、対手《あいて》を一つ聞かなくては、のう。」「お願いです、身体《からだ》もわるし、……実に弱りました。」「待たっせえ、何とかすべい。」お仏壇へ数珠を置くと、えいこらと立って、土間の足半《あしなか》を突掛《つッか》けた。五十の上だが、しゃんとした足つきで、石※[#「石+鬼」、第4水準2−82−48]道《いしころみち》を向うへ切って、樗《おうち》の花が咲重《さきかさな》りつつ、屋根ぐるみ引傾《ひっかたむ》いた、日陰の小屋へ潜《くぐ》るように入った、が、今度は経肩衣を引脱《ひきぬ》いで、小脇に絞って取って返した。「対手《あいて》も丁度|可《よ》かったで。」一人で駕籠《かご》を下《おろ》すのが、腰もしゃんと楽なもので。――相棒の肩も広い、年紀《とし》も少し少《わか》いのは、早や支度《したく》をして、駕籠の荷棒《にないぼう》を、えッしと担ぎ、片手に――はじめて視《み》た――絵で知ったほぼ想像のつく大きな蓑虫《みのむし》を提《さ》げて出て来たのである。「ああ、御苦労様――松明《たいまつ》ですか。」「えい、松明でゃ。」「途中、山路で日が暮れますか。」「何、帰りの支度でゃ、夜嵐《よあらし》で提灯《ちょうちん》は持たねえもんだで。」中の河内までは、往還《ゆきかえり》六里余と聞く。――駕籠は夜をかけて引返すのである。
 留守に念も置かないで、そのまま駕籠を舁出《かきだ》した。「おお、あんばいが悪いだね、冷えてはなんめえ。」樹立《こだち》の暗くなった時、一度|下《おろ》して、二人して、二人が夜道の用意をした、どんつくの半纏《はんてん》を駕籠の屋根につけたのを、敷かせて、一枚。一枚、背中に当《あて》がって、情《なさけ》に包んでくれたのである。
 見上ぐる山の巌膚《いわはだ》から、清水は雨に滴《し
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