「上へのっけられたより、扇で木魚を伏せた方が、女が勝ったようで嬉しいよ。」
「勝つも負けるも、女は受身だ。隠すにも隠されましねえ。」
どかりと尻をつくと、鼻をすすって、しくしくと泣出した。
青い煙の細くなびく、蝋燭の香の沁《し》む裡《なか》に、さっきから打ちかさねて、ものの様子が、思わぬかくし事に懐姙《かいにん》したか、また産後か、おせい、といううつくしい女一人、はかなくなったか、煩ろうて死のうとするか、そのいずれか、とフト胸がせまって、涙ぐんだ目を、たちまち血の電光のごとく射たのは、林間の自動車に闖入《ちんにゅう》した、五体個々にして、しかも畝《うね》り繋《つなが》った赤色の夜叉《やしゃ》である。渠等《かれら》こそ、山を貫き、谷を穿《うが》って、うつくしい犠牲を猟《か》るらん。飛天の銃は、あの、清く美しい白鷺を狙うらしく想わるるとともに、激毒を啣《ふく》んだ霊鳥は、渠等に対していかなる防禦をするであろう、神話のごとき戦は、今日の中《うち》にも開かるるであろう。明神の晴れたる森は、たちまち黒雲に蔽《おお》わるるであろうも知れない。
銑吉は、少からず、猟奇の心に駆られたのである。
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