た。
 道を挟んで、牡丹と相向う処に、亜鉛《トタン》と柿《こけら》の継はぎなのが、ともに腐れ、屋根が落ち、柱の倒れた、以前掛茶屋か、中食《ちゅうじき》であったらしい伏屋の残骸《ざんがい》が、蓬《よもぎ》の裡《なか》にのめっていた。あるいは、足休めの客の愛想に、道の対《むこ》う側を花畑にしていたものかも知れない。流転のあとと、栄花の夢、軒は枯骨のごとく朽ちて、牡丹の膚《はだ》は鮮紅である。
 古蓑《ふるみの》が案山子《かかし》になれば、茶店の骸骨も花守をしていよう。煙は立たぬが、根太を埋めた夏草の露は乾かぬ。その草の中を、あたかも、ひらひら、と、ものの現《うつつ》のように、いま生れたらしい蜻蛉《とんぼ》が、群青《ぐんじょう》の絹糸に、薄浅葱《うすあさぎ》の結び玉を目にして、綾の白銀《しろがね》の羅《うすもの》を翼に縫い、ひらひら、と流《ながれ》の方へ、葉うつりを低くして、牡丹に誘われたように、道を伝った。
 またあまりに儚《はかな》い。土に映る影もない。が、その影でさえ、触ったら、毒気でたちまち落ちたろう。――畷道《なわてみち》の真中《まんなか》に、別に、凄《すさま》じい虫が居た。
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