る、が地方のだし、大分時間が費《かか》るらしい。
 自動車の便はたやすく得られて、しかも、旅館の隣が自動車屋だと聞いたから、価値《ねだん》を聞くと、思いのほか廉《れん》であった。
「早速一台頼んでおくれ。……このちょっとしたものだが、荷物は預けて行きたいと思う。……成るべく、日暮までに帰って、すぐ東京へ立ちたいのだがね、時間の都合で遅くなったら一晩厄介になるとして――勘定はその時と――自動車は、ああ、成程隣りだ。では、世話なしだ、いや、お世話でした。」
 表階子《おもてはしご》を下りかけて、
「ねえさん。」
「へい。」
「片原に、おっこち……こいつ、棚から牡丹餅《ぼたもち》ときこえるか。――恋人でもあったら言伝《ことづけ》を頼まれようかね。」
「いやだ、知りましねえよ、そんげなこと。」
「ああ、自動車屋さん、御苦労です。ところで、料金だが、間違はあるまいね。」
「はい。」
 と恭《うやうや》しく帽を脱いだ、近頃は地方の方が夏帽になるのが早い。セルロイドの目金《めがね》を掛けている。
「ええ、大割引で勉強をしとるです。で、その、ちょっとあらかじめ御諒解を得ておきたいのですが、お客様が小人
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