たなあ。」
と帽子の鍔《つば》を――薄曇りで、空は一面に陰気なかわりに、まぶしくない――仰向《あおむ》けに崖《がけ》の上を仰いで、いま野良声を放った、崖縁にのそりと突立《つった》つ、七十余りの爺《じい》さんを視《み》ながら、蝮は弱ったな、と弱った。が、実は蛇ばかりか、蜥蜴《とかげ》でも百足《むかで》でも、怯《おび》えそうな、据《すわ》らない腰つきで、
「大変だ、にょろにょろ居るかーい。」
「はああ、あアに、そんなでもねえがなし、ちょくちょく、鎌首をつん出すでい、気をつけさっせるがよかんべでの。」
「お爺さん、おい、お爺さん。」
「あんだなし。」
と、谷へ返答だまを打込《ぶちこ》みながら、鼻から煙を吹上げる。
「煙草銭《たばこせん》ぐらい心得るよ、煙草銭を。だからここまで下りて来て、草生《くさっぱ》の中を連戻してくれないか。またこの荒墓《あれはか》……」
と云いかけて、
「その何だ。……上の寺の人だと、悪いんだが、まったく、これは荒れているね。卵塔場へ、深入りはしないからよかったけれど、今のを聞いては、足がすくんで動かれないよ。」
「ははははは。」
鼻のさきに漂《ただよ》う煙が、
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