》。少し変った処といえば、獅子狩《ししがり》だの、虎狩だの、類人猿の色のもめ事などがほとんど毎月の雑誌に表われる……その皆がみんな朝夷《あさひな》島めぐりや、おそれ山の地獄話でもないらしい。
最近も、私を、作者を訪ねて見えた、学校を出たばかりの若い人が、一月ばかり、つい御不沙汰《ごぶさた》、と手軽い処が、南洋の島々を渡って来た。……ピイ、チョコ、キイ、キコと鳴く、青い鳥だの、黄色な鳥だの、可愛らしい話もあったが、聞く内にハッと思ったのは、ある親島から支島《えだじま》へ、カヌウで渡った時、白熱の日の光に、藍《あい》の透通る、澄んで静かな波のひと処、たちまち濃い萌黄《もえぎ》に色が変った。微風も一繊雲もないのに、ゆらゆらとその潮が動くと、水面に近く、颯《さっ》と黄薔薇《きばら》のあおりを打った。その大《おおき》さ、大洋の只中《ただなか》に計り知れぬが、巨大なる※[#「魚+覃」、第3水準1−94−50]《えい》の浮いたので、近々と嘲《あざ》けるような黄色な目、二丈にも余る青い口で、ニヤリとしてやがて沈んだ。海の魔宮の侍女であろう。その消えた後も、人の目の幻に、船の帆は少時《しばし》その萌黄の油を塗った。……「畳で言いますと」――話し手の若い人は見まわしたが、作者の住居《すまい》にはあいにく八畳以上の座敷がない。「そうですね、三十畳、いやもっと五十畳、あるいはそれ以上かも知れなかったのです。」と言うのである。
半日隙《はんにちびま》とも言いたいほどの、旅の手軽さがこのくらいである処を、雨に降られた松島見物を、山の爺《じじい》に話している、凡杯の談話ごときを――読者諸賢――しかし、しばらくこれを聴け。
二
小県凡杯は、はじめて旅をした松島で、着いた晩と、あくる日を降籠《ふりこ》められた。景色は雨に埋《うず》もれて、竈《かまど》にくべた生薪《なままき》のいぶったような心地がする。屋根の下の観光は、瑞巌寺《ずいがんじ》の大将、しかも眇《かため》に睨《にら》まれたくらいのもので、何のために奥州へ出向いたのか分らない。日も、懐中《ふところ》も、切詰めた都合があるから、三日めの朝、旅籠屋《はたごや》を出で立つと、途中から、からりとした上天気。
奥羽線の松島へ戻る途中、あの筋には妙に豆府屋が多い……と聞く。その油揚が陽炎《かげろう》を軒に立てて、豆府のような白い
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