あたり》という名代の荒海《あらうみ》、ここを三十|噸《とん》、乃至《ないし》五十噸の越後丸、観音丸などと云うのが、入れ違いまする煙の色も荒海を乗越《のっこ》すためか一際濃く、且つ勇ましい。
茶店《ちゃみせ》の裏手は遠近《おちこち》の山また山の山続きで、その日の静かなる海面よりも、一層かえって高波を蜿《うね》らしているようでありました。
小宮山は、快く草臥《くたびれ》を休めましたが、何か思う処あるらしく、この茶屋の亭主を呼んで、
「御亭主、少し聞きたい事があるんだが。」
「へい、お客様、何でござりますな。
氷見鯖《ひみさば》の塩味、放生津鱈《ほうじょうづだら》の善悪《よしあし》、糸魚川の流れ塩梅《あんばい》、五智の如来《にょらい》へ海豚《いるか》が参詣《さんけい》を致しまする様子、その鳴声、もそっと遠くは、越後の八百八後家《はっぴゃくやごけ》の因縁でも、信濃川の橋の間数《まかず》でも、何でも存じておりますから、はははは。」
と片肌脱、身も軽いが、口も軽い。小宮山も莞爾《にっこり》して、
「折角だがね、まずそれを聞くのじゃなかったよ。」
「それはお生憎様《あいにくさま》でござります
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