と、挨拶があるや否や、小宮山は篠田の許《もと》を辞して、一生懸命に駈出した、さあ荷物は渡した、東京へ着いたわ、雨も小止《こや》みかこいつは妙と、急いで我家へ。
翌日|取《とり》も置かず篠田を尋ねて、一部始終|悉《くわ》しい話を致しますると、省みて居所も知らさないでいた篠田は、蒼くなって顫《ふる》え上ったと申しますよ。
これから二人連名で、小川の温泉へ手紙を出した。一週間ばかり経《た》って、小宮山が見覚《みおぼえ》のあるかの肌に着けた浴衣と、その時着ておりました、白粉垢《おしろいあか》の着いた袷《あわせ》とを、小包で送って来て、あわれお雪は亡《なく》なりましたという添状。篠田は今でも独身《ひとり》で居《お》りまする。二人ともその命日は長く忘れませんと申すのでありまする。
飛んだ長くなりまして、御退屈様、済みませんでございました、失礼。
[#地から1字上げ]明治三十三(一九〇〇)年五月
底本:「泉鏡花集成2」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年4月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第五卷」岩波書店
1940(昭和15)年3月30日発行
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2007年2月18日作成
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