ざいました、あのお雪さんの事でございますが、佳《い》い女はなぜあんなに体が弱いのでございましょうねえ。平生《ふだん》からの処へ、今度煩い附きまして、もう二月三月、十日ばかり前から、また大変に悩みますので、医者と申しましても、三里も参らねばなりませぬ。薬も何も貴方何の病気だか、誰にも考えが附きませぬので、ただもう体の補いになりますようなものを食べさしておくばかりでございますが、このごろじゃ段々|痩《や》せ細って、お粥《かゆ》も薄いのでなければ戴《いただ》かないようになりました。気心の好《い》い平生《ふだん》大人しい人でありますから、私共始め御主人も、かれこれ気を揉《も》んでおりますけれども、どこが痛むというではなし、苦しいというではなし、労《いたわ》りようがないのでございますよ。それでね、貴方、その病気と申しますのが、風邪を引いたの、お肚《なか》を痛めたのというのではない様子で、まあ、申せば、何か生霊《いきりょう》が取着《とッつ》いたとか、狐が見込んだとかいうのでございましょう。何でも悩み方が変なのでございますよ。その証拠には毎晩同じ時刻に魘《うな》されましてね。」
 小宮山も他人《ひと》ごとのようには思いませぬ。

       六

「その時はどんなに可恐《おそろ》しゅうございましょう、苦しいの、切ないの、一層殺して欲しいの、とお雪さんが呻《うめ》きまして、ひいひい泣くんでございますもの、そしてね貴方、誰かを掴《つかま》えて話でもするように、何だい誰だ、などと言うではございませんか、その時はもう内曲《うちわ》の者一同、傍《そば》へ参りますどころではございませんよ、何だって貴方、異類異形のものが、病人の寝間にむらむらしておりますようで、遠くにいて皆《みんな》が耳を塞《ふさ》いで、突伏《つッぷ》してしまいますわ。
 それですから、その苦しみます時|傍《そば》に附いていて、撫《な》で擦《さす》りなどする事は誰も怪我《けが》にも出来ません。病人は薬より何より、ただ一晩おちおち心持好く寐《ね》て、どうせ助らないものを、せめてそれを思い出にして死にたいと。肩息で貴方ね、口癖のように申すんですよ、どうぞまあそれだけでも協《かな》えてやりたいと、皆《みんな》が心配をしますんですが、加持祈祷《かじきとう》と申しましても、どうして貴方ここいらは皆《みんな》狸の法印、章魚《たこ》の入道ばっかりで、当《あて》になるものはありゃしませぬ。
 それに、本人を倚掛《よっかか》らせますのには、しっかりなすって、自分でお雪さんが頼母《たのも》しがるような方でなくっちゃ可《い》けますまい、それですのにちょいちょいお見えなさいまする、どのお客様も、お止し遊ばせば可いのに、お妖怪《ばけ》と云えば先方《さき》で怖がります、田舎の意気地《いくじ》無しばかり、俺《おいら》は蟒蛇《うわばみ》に呑まれて天窓《あたま》が兀《は》げたから湯治に来たの、狐に蚯蚓《みみず》を食わされて、それがためお肚《なか》を痛めたの、天狗に腕を折られたの、私共が聞いてさえ、馬鹿々々しいような事を言って、それが真面目だろうじゃありませんか。
 ですもの、どうして病人の力になんぞ、なってくれる事が出来ましょう。
 こう申しちゃ押着けがましゅうございますが、貴方はお見受け申したばかりでも、そんな怪しげな事を爪先へもお取上げ遊ばすような御様子は無い、本当に頼母しくお見上げ申しますんで。
 実は病人は貴方の御話を致しました処、そうでなくってさえ東京のお方と聞いて、病人は飛立つばかり、どうぞお慈悲にと申しますのは、私共からもお願い申して上げますのでございますが、誠に申しかねましたが、一晩お傍《そば》で寝かしくださいまして、そうして本人の願《ねがい》を協《かな》えさしてやって下さいまし、後生でございますから。
 それに様子をお見届け下さいますれば、どんなにか難有《ありがと》うございましょう。」
 としみじみ、早口の女の声も理に落ちまして、いわゆる誠はその色に顕《あらわ》れたのでありますから、唯今怪しい事などは、身の廻り百由旬《ひゃくゆじゅん》の内へ寄せ附けないという、見立てに預《あずか》りました小宮山も、これを信じない訳には行かなくなったのでありまする。
「そりゃ何しろとんだ事だ、私は武者修行じゃないのだから、妖怪を退治るという腕節《うでっぷし》はないかわりに、幸い臆病《おくびょう》でないだけは、御用に立って、可いとも! 望みなら一晩看病をして上げよう。ともかくも今のその話を聞いても、その病人を傍《そば》へ寝かしても、どうか可恐《おそろ》しくないように思われるから。」
 と小宮山は友人の情婦《いろ》ではあり、煩っているのが可哀そうでもあり、殊には血気|壮《さかん》なものの好奇心も手伝って、異議なく承知を致しま
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