を変え、色々にしてみたが、どうしてもお前は思い切らない、何思い切れないのだな、それならそれで可いようにして上げようから。」
 と言聞かしながら、小宮山の方を振向いたのでありまする。
「お客様、お前は性悪《しょうわる》だよ、この子がそれがためにこの通りの苦労をしている、篠田と云う人と懇意なのじゃないか、それだのにさ、道中荷が重くなると思って、託《ことづけ》も聞こうとはせず、知らん顔をして聞いていたろう。」
 と鋭い目で熟《じっ》と見られた時は、天窓《あたま》から、悚然《ぞっ》として、安本|亀八《かめはち》作、小宮山良助あッと云う体《てい》にござりまする活人形《いきにんぎょう》へ、氷を浴《あび》せたようになりました。
「その換《かわ》り少しばかり、重い荷を背負《しょ》わして上げるから、大事にして東京まで持って行きなさい。託《ことづけ》というのはそれなんだがね、お雪はとても扶《たすか》らないのだから、私も今まで乗懸《のりかか》った舟で、この娘の魂をお前さんにおんぶをさして上げるからね、密《そっ》と篠田の処まで持って行くのだよ。さぞまあお邪魔でございましょうねえ。」

       十八

 小宮山がその形で突立《つッた》ったまま、口も利けないのに、女は好《すき》な事をほざいたのでありまする。
 それから女は身に纏《まと》った、その一重《ひとえ》の衣《きもの》を脱ぎ捨てまして、一糸も掛けざる裸体になりました。小宮山は負惜《まけおしみ》、此奴《こいつ》温泉場の化物だけに裸体だなと思っておりまする。女はまた一つの青い色の罎《びん》を取出しましたから、これから怨念が顕《あらわ》れるのだと恐《おそれ》を懐《いだ》くと、かねて聞いたとは様子が違い、これは掌《てのひら》へ三滴《みたらし》ばかり仙女香《せんじょこう》を使う塩梅《あんばい》に、両の掌《てのひら》でぴたぴたと揉《も》んで、肩から腕へ塗り附け、胸から腹へ塗り下げ、襟耳の裏、やがては太股《ふともも》、脹脛《ふくらはぎ》、足の爪先まで、隈《くま》なく塗り廻しますると、真直《まっすぐ》に立上りましたのでありまする。
 小宮山は肚《はら》の内で、
「東西。」
 女はそう致して、的面《まとも》に台に向いまして、ちちんぷいぷい、御代《ごよ》の御宝《おんたから》と言ったのだか何だか解りませぬが、口に怪しい呪文を唱えて、ばさりばさりと双《ふた
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