まじゃ居られないと、突立《つッた》ちました小宮山は、早く既にお雪が話の内の一員に、化しおおしたのでありまする。
 その場へ踏み込み扶《たす》けてくりょうと、いきなり隔《へだて》の襖《ふすま》を開けて、次の間へ飛込むと、広さも、様子も同じような部屋、また同じような襖がある。引開けると何もなく、やっぱり六畳ばかりの、広さも、様子も、また襖がある。がたりと開ける、何もなくて少しも違わない部屋でありまする。
 阿房宮より可恐《おそろ》しく広いやと小宮山は顛倒《てんとう》して、手当り次第に開けた開けた。幾度遣っても笥《たかんな》の皮を剥《む》くに異ならずでありまするから、呆れ果てて※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と尻餅、茫然《ぼんやり》四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しますると、神農様の画像を掛けた、さっき女が通したのと同じ部屋へ、おやおやおや。また南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と耳に入ると、今度は小宮山も釣込まれて、思わず南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
 その時すらりと襖を開け、
「誰方《どなた》だい、今お騒ぎなすったのは。」
「へい。」といった、後はもうお念仏になりそうな、小宮山は恐る恐る、女の微笑《ほほえ》んでおります顔を見て、どうかこうか、まあ殺されずに済みそうだと、思うばかりでございまする。
「一体|物好《ものずき》でこんな所へ入って来たお前さんは、怖いものが見たいのだろう。少々ばかりね。」
「いえ、何。」と口の内。
「まあ、おいでなさい。」
 妾《わらわ》に跟《つ》いてこっちへと、宣示《のりしめ》すがごとく大様に申して、粛然と立って導きますから、詮方《せんかた》なしに跟《つ》いて行く。土間が冷く踵《くびす》に障ったと申しますると、早や小宮山の顔色|蒼然《そうぜん》!
 話に聴いた、青色のその燈火《ともしび》、その台、その荒筵《あらむしろ》、その四辺《あたり》の物の気勢《けはい》。
 お雪は台の向《むこう》へしどけなく、崩折《くずお》れて仆《たお》れていたのでありまする。女は台の一方へ、この形《かた》なしの江戸ッ児を差置いて、一方へお雪を仆した真中《まんなか》へぬッくと立ち、袖短《そでみじか》な着物の真白《まっしろ》な腕を、筵の上へ長く差し伸《のば》して、ざくりと釘を一ト掴《つかみ》。
「どうだね、お客様。」
「ど
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