のお客だね。」
言語道断、先《せん》を越されて小宮山はとぼんと致し、
「へい。」と言って、目をぱちくりするばかりでありまする。
「まあ、御苦労様だったね。さっきから来るだろうと思って、どんなに待っていたか知れないよ。さあまあこっちへお上りなさい、少し用があるから。」
と言った、文句が気に入らないね、用があるなんざ容易でなさそう。
十六
相手は女だ、城は蝸牛《ででむし》、何程の事やある、どうとも勝手にしやがれと、小宮山は唐突《だしぬ》かれて、度胆《どぎも》を掴《つか》まれたのでありますから、少々捨鉢の気味これあり、臆《おく》せず後に続くと、割合に広々とした一間へ通す。燈火《ともしび》はありませんが暗いような明るいような、畳の数もよく見える、一体その明《あかり》がというと、女が身に纏《まと》っている、その真蒼《まっさお》な色の着物から膚《はだえ》を通して、四辺《あたり》に射拡《さしひろ》がるように思われるのでありまする。
「ちょいと託《ことづ》ける事があるのだから、折角見えたものを情《すげ》なく追帰すのも、お気の毒だと思って、通して上げましたがね、熟《じっ》として待っていなさい。私の方に支度があるのだから、お前さんまた大きな声を出したり、威張ったり、お騒ぎだと為《ため》になりませんよ。」
と頭から呑んでかかって、そのままどこかへ、ずい。
呑まれた小宮山は、怪しい女の胃袋の中で消化《こな》れたように、蹲《つくば》ってそれへ。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、風が引いたり寄せたりして聞えまする、百万遍。
忌々《いまいま》しいなあ、道中じゃ弥次郎兵衛《やじろべえ》もこれに弱ったっけ、耐《たま》ったものではないと、密《そっ》と四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しますると、塵《ちり》一ッ葉《ぱ》も目を遮らぬこの間の内に床が一つ、草を銜《くわ》えた神農様の像が一軸|懸《かか》っておりまするので、小宮山は訳が解らず、何でもこれは気を落着けるにしく事なしだと、下ッ腹へ力を入れて控えておりまする。またしても百万遍。小宮山はそれを聞くと悪寒がするくらい、聞くまい、聞くまいとする耳へ、ひいひい女の泣声が入りました。屹《きっ》となって、さあ始めやがった、あン畜生、また肋《あばら》の骨で遣ってるな、このま
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