と二つばかり、合点々々を致したのでございますよ。
(可《よ》し。)とお神さんが申しますと、怨念はまたさっきのような幅の広い煙となって、それが段々罎の口へ入ってしまいました。
 それからでございますが。」
 とお雪は打戦《うちわなな》いて、しばらくは口も利けません様子。

       十一

 さてその時お雪が話しましたのでは、何でもその孤家《ひとつや》の不思議な女が、件《くだん》の嫉妬で死んだ怨霊の胸を発《あば》いて抜取ったという肋骨《あばらぼね》を持って前《ぜん》申しまする通り、釘だの縄だのに、呪《のろ》われて、動くこともなりませんで、病み衰えておりますお雪を、手ともいわず、胸、肩、背ともいわず、びしびしと打ちのめして、
(さあどうだ、お前、男を思い切るか、それを思い切りさえすれば復《なお》る病気じゃないか、どうだ、さあこれでも言う事を聞かないか、薬は利かないか。)
 と責めますのだそうでありまする、その苦しさが耐えられませぬ処から、
(御免なさいまし、御免なさいまし、思い切ります。)
 と息の下で詫びまする。それでは帰してやると言う、お雪はいつの間にか旧《もと》の閨《ねや》に帰っております。翌晩《あくるばん》になるとまた昨夜《ゆうべ》のように、同じ女が来て手を取って引出して、かの孤家へ連れてまいり、釘だ、縄だ、抜髪だ、蜥蜴《とかげ》の尾だわ、肋骨《あばらぼね》だわ、同じ事を繰返して、骨身に応《こた》えよと打擲《ちょうちゃく》する。
(お前、可い加減な事を言って、ちっとも思い切る様子はないではないか。さあ、思い切れ、思い切ると判然《はっきり》言え、これでも薬はまだ利かぬか。)
 と言うのだそうでありますな。
 申すまでもありません、お雪はとても辛抱の出来る事ではないのですから、きっと思い切ると言う。
 それではと云って帰しまする。
 翌晩《あくるばん》も、また翌晩も、連夜《まいよ》の事できっと時刻を違《たが》えず、その緑青で鋳出《いだ》したような、蒼い女が遣って参り、例の孤家へ連れ出すのだそうでありますが、口頭《くちさき》ばかりで思い切らない、不埒《ふらち》な奴、引摺《ひきず》りな阿魔めと、果《はて》は憤《いか》りを発して打ち打擲を続けるのだそうでございまして。
 お雪はこれを口にするさえ耐えられない風情に見えました。
「貴方、どうして思い切れませんのでございま
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