なくちゃ可《い》けない。)と差附けられました時は、ものも言われません。
(お雪、私がこれを何にする、定めしお前は知っていよう。)どうして私が知っておりましょう。
(うむ、知ってる、知っている筈じゃないか、どうだ。)と責めるように申しますから、私はどうなる事でしょうと、可恐《おそろ》しさのあまり、何にも存じませんと、自分にも聞えませんくらい。
(何存ぜぬことがあるものか、これはな、お雪、お前の体に使うのだ、これでその病気を復《なお》してやる。)と屹《きっ》と睨《にら》んで言われましたから、私はもう舌が硬《こわば》ってしまいましたのでございます。お神さんは落着き払って、何か身繕《みづくろい》をしましたが、呪文のようなことを唱えて、その釘だの縄だのを、ばらばらと私の体へ投附けますじゃありませんか。
 はッと思いますと、手も足も顫える事が出来なくなったので、どうでございましょう、そのまま真直《まっすぐ》に立ったのでございますわ。
 そう致しますとお神さんは、棚の上からまた一つの赤い色の罎《びん》を出して、口を取ってまた呪文を唱えますとね、黒い煙が立登って、むらむらとそれが、あの土間の隅へ寛《ひろ》がります、とその中へ、おどろのような髪を乱して、目の血走った、鼻の尖《とんが》った、痩《やせ》ッこけた女が、俯向《うつむ》けなりになって、ぬっくり顕《あらわ》れたのでございますよ。
(お雪や、これは嫉妬《しっと》で狂死《くるいじに》をした怨念《おんねん》だ。これをここへ呼び出したのも外じゃない、お前を復してやるその用に使うのだ。)と申しましてね、お神さんは突然《いきなり》袖を捲《まく》って、その怨念の胸の処へ手を当てて、ずうと突込《つッこ》んだ、思いますと、がばと口が開《あ》いて、拳《こぶし》が中へ。」
 と言懸けました、声に力は籠《こも》りましたけれども、体は一層力無げに、幾度も溜息を吐《つ》いた、お雪の顔は蒼ざめて参りまする。小宮山は我を忘れて枕を半《なかば》。
「そのまま真白《まっしろ》な肋骨《あばらぼね》を一筋、ぽきりと折って抜取りましてね。
(どうだ、手前《てめえ》が嫉妬で死んだ時の苦しみは、何とこのくらいのものだったかい。)と怨念に向いまして、お神さんがそう云いますと、あの、その怨霊《おんりょう》がね、貴方、上下《うえした》の歯を食い緊《しば》って、(ううむ、ううむ。)
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