ばっかりで、当《あて》になるものはありゃしませぬ。
それに、本人を倚掛《よっかか》らせますのには、しっかりなすって、自分でお雪さんが頼母《たのも》しがるような方でなくっちゃ可《い》けますまい、それですのにちょいちょいお見えなさいまする、どのお客様も、お止し遊ばせば可いのに、お妖怪《ばけ》と云えば先方《さき》で怖がります、田舎の意気地《いくじ》無しばかり、俺《おいら》は蟒蛇《うわばみ》に呑まれて天窓《あたま》が兀《は》げたから湯治に来たの、狐に蚯蚓《みみず》を食わされて、それがためお肚《なか》を痛めたの、天狗に腕を折られたの、私共が聞いてさえ、馬鹿々々しいような事を言って、それが真面目だろうじゃありませんか。
ですもの、どうして病人の力になんぞ、なってくれる事が出来ましょう。
こう申しちゃ押着けがましゅうございますが、貴方はお見受け申したばかりでも、そんな怪しげな事を爪先へもお取上げ遊ばすような御様子は無い、本当に頼母しくお見上げ申しますんで。
実は病人は貴方の御話を致しました処、そうでなくってさえ東京のお方と聞いて、病人は飛立つばかり、どうぞお慈悲にと申しますのは、私共からもお願い申して上げますのでございますが、誠に申しかねましたが、一晩お傍《そば》で寝かしくださいまして、そうして本人の願《ねがい》を協《かな》えさしてやって下さいまし、後生でございますから。
それに様子をお見届け下さいますれば、どんなにか難有《ありがと》うございましょう。」
としみじみ、早口の女の声も理に落ちまして、いわゆる誠はその色に顕《あらわ》れたのでありますから、唯今怪しい事などは、身の廻り百由旬《ひゃくゆじゅん》の内へ寄せ附けないという、見立てに預《あずか》りました小宮山も、これを信じない訳には行かなくなったのでありまする。
「そりゃ何しろとんだ事だ、私は武者修行じゃないのだから、妖怪を退治るという腕節《うでっぷし》はないかわりに、幸い臆病《おくびょう》でないだけは、御用に立って、可いとも! 望みなら一晩看病をして上げよう。ともかくも今のその話を聞いても、その病人を傍《そば》へ寝かしても、どうか可恐《おそろ》しくないように思われるから。」
と小宮山は友人の情婦《いろ》ではあり、煩っているのが可哀そうでもあり、殊には血気|壮《さかん》なものの好奇心も手伝って、異議なく承知を致しま
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